創造性はそだてられるのか?川喜田二郎〜私たちの教育のルーツを辿る(6)

 

ある企業さんの「創造性を育てる」というテーマの研究に関わり、昨年秋頃から定期的に一緒に雑談しながら考える時間をいただいています。

 

そんな折、私の知人伊藤洋志さんが最近『イドコロをつくる〜乱世で正気を失わないための暮らし方』という本を出しました。伊藤さんは「モンゴル武者修行」というものをやっています。以前から以下のような文言をホームページで見て、いつか行きたいなぁ、と思っていました。


自分たちが泊まるゲルを立ててみたり
馬に一日じゅう乗って遠くの川へキャンプに行ったり
モンゴル料理を教わって作ったり
馬頭琴の弾き方を草原で教わってみたり

 

そんな風に思っていたことも半ば忘れかけていたのですが、ある日家族が「ゲルに泊まりたい」と呟いたことから、一挙に旅行は現実化。2018年の夏に晴れて武者修行に行くことになりました。実は、日本の知らない人たちと一緒に海外旅行するのは初体験。どうなることかと思いましたが、そこはさすが伊藤さんのワークキャンプ。長時間馬に乗れる練習を数日した上で、だれもいない草原に半日かけて馬に乗って行って、ゲルを自分たちで建てて一泊したり、羊をその場で絞めて、みんなでさばいて調理して食べたり。また、村の相撲大会と競馬大会に参加させてもらったり、新月の夜に寝袋を出して星を眺めながら寝たり、と忘れられない旅行になりました。

特にゲルを建てて一泊・・の時の事件は印象的でした。夜に雨が降ったのですが、少し斜めの土地に建ててしまったため、雨水が均等に下に流れず、ゲルの屋根の一部に水がたまり、雨漏りがひどくなったのです。はじめはポタポタだったので気楽に考えていましたが、そのうちバサーっと水が落ちるようになってきて、ゲル内はてんやわんや。馬に乗って何時間も移動しないと、人が住んでいるところにたどり着けないわけで、どこかに身を寄せることもできません。夜中にみんなで(といってもモンゴルの人たちと屋根によじ登ってカバーをかけた伊藤さんが大活躍)内側にシートを貼ったり、雨漏りの場所からずれて寝たりとほとんど眠れない夜を過ごしました。朝になるころには寝袋だけでなく着ていたものもみんなベショベショに。子どものために紙オムツを持っていた人が屋根に挟んでくれたものがたっぷり水を含んでぶら下がっていたのを思い出します。まぁ、普通のツアーだったら許されないでしょうが(笑)、いい思い出です。

 


(村の人たち。キャンプに行くときは本当にこういうところを延々馬に乗って移動します)

 

【ひろばの創造】

さて、そんな伊藤さんの『イドコロをつくる』という本なのですが、冒頭、川喜田二郎の『ひろばの創造』(1977)の以下のような言葉からはじまります。

***

広場のない都市化がどんなものであるか、日本人はこれから、いやというほど思い知るだろう

***

川喜田二郎。KJ法というカード(付箋)をつかった発想法の研修などでご存知の方もいるかもしれません。また、私の場合、いつもお世話になっている市川力先生から、しばしば「川喜田二郎」の名前は聞いていて、いつか読もうと『ひろばの創造』も本棚にしっかり収まっていました。そして、今回読んでみたのですが、これが卒倒するほど面白い!

まず、川喜田二郎、企業研修開発の方かと勝手に思っていましたが大間違いでした。もともと地理学からスタートした文化人類学の研究者で、中学校から霊長類研究の創始者である今西錦司と共に山歩きをしていたというから驚きです(驚いたの、私だけですか?)。京都帝大時代に山岳部に入り、今西錦司、梅棹忠夫らと探検隊を結成し、大興安嶺、カロリン諸島などを探検します。ネパール・チベットの野外調査、数々の民族学調査、探検隊、ヒマラヤ保全などに取り組みます。

『ひろばの創造』は当時東京工業大学の教授をしていた川喜田が「このままでいくと、大学というところは、ほんものの研究も、教育もできなくなる。改善しなければならない。(p6)」と切実に思ったところから始まります。そして、その大学問題を考える研究会を実施したところ、いきついた結論は「この問題はじつは大学問題ではない」でした。

その根本問題とは以下の3つの公害だと言います。

 

1)公害                    (環境汚染・社会と環境の不調和)

2)精神公害               (人の心の荒廃)

3)組織公害               (組織で人が人間らしさを失う)

 

さまざまなところを探検し、野外調査、民族学調査を経た川喜田がみたものは、つまるところ「文明の体質の問題」そのものでした。そして、この三公害に立ち向かうものとして、キャッチフレーズとしたのが「参画社会を創れ(p7)」。そしてその「文明の体質改善」の方法として「移動大学」というものを実験したのです。

 

【移動大学とは?】

川喜田二郎は、「移動大学」を教育活動と研究活動と二分することのない「探究活動」として、1969年にスタートしました。そのときにうちたてた8つのスローガンが以下のようなものになります。

 

「人と環境、人と人、いやそればかりかひとりの人の心の中までが、バラバラに解体しゆく現代。砂のように崩れゆく現代。お互いに相違ばかりを主張し、違和感を高めて分解してゆく文明。その不健康の病理と闘おうというのが移動大学なのである (p13)」と川喜田は言います。そうしたものをつなげるのは、「現実から目を背けた陶酔的な自己表現」ではなく、「自己を放念し、価値ある何かに献身したときにやってくる爽やかでニッコリ笑える自己表現」であり、前人未到のフロンティアに飛び込む課題であり、対話ならぬ「言葉」も「身体」もつかった「ヤリトリ」だといいました。「そもそも人間は創造的行為の実践を通してこそ、全人的に成長し、人間らしくなれる(p9)」という信念は、誰が何を言ったかということではなく、川喜田の経験から生まれたものにほかならない、と感じます。

さらに、最後のスローガン、「雲と水と」が印象的です。川喜田は浅はかな人智や技巧に溺れ、思い上がった傲慢の文明から距離をとり、「雲が流れるように、水の流れるように」自然に流れていこう、と言います。

その第一回の「移動大学」は1969年8月、黒姫高原でした。開催期間は二週間。現地でテントを張ってキャンパスを作ります。そして、二週間経つと撤収します。一回の単位は、108人。1チーム6名、6チーム集まった36名のユニットが3つあって、合計すると108(煩悩の数と一緒!)。

 

こうして集まった人たちは「解決すべき課題・テーマ」を提示されます。黒姫の時にだされたテーマは以下の3つ。この中から、気に入ったものを一つ選びます。

 

「個人の主体性はどうすれば確立できるか」

「黒姫高原の開拓地を今後どう進めるか」

「現代の要求する創造性開発はいかにあるべきか?」

 

そのテーマ追求のために「フィールドワーク」と「KJ法」を使っていくのですが、驚くべきことは、解決策のクオリティだけではなく、参加者たちが「活気づいてきた」ことだったそう。この世の中が、陳腐ではなくなり、みずみずしい感受性で受け取られるようになり、猛然たるファイトすら沸き起こってくる。さらには、メンバーの間に連帯感が生まれて、集団がまるで生き物のようになる(p19)そうです。

川喜田は、こうした「移動大学」の実験で先に述べた「三つの公害」を一挙に解決していこうとします。つまり、いわゆる一般的な意味での「公害」問題に取り組みながら、「精神公害」に取り組み、集団編成によって「組織公害」に取り組む。自然の中で二週間過ごすことで、人間や社会と環境との関わり合いをゼロからスタートしていくことで、さまざまな側面で健康を取り戻していきます。
(写真は『ひろばの創造』より)

 

 

 

【フィールドワークの醍醐味と探検の五原則】

さて、こうした問題解決のために、KJ法を使っていきますが、KJ法はラベルにデータを書いてまとめていくもの。その前によい素材を取り込む「取材活動」が必要です。そのために、フィールドワーク、野外調査が行われるのです。「フィールドワーク」と「KJ」がセットになって、やっと「判断」というものができるようになります。

川喜田二郎は地理学、文化人類学の専門家だから、もともと数ヶ月単位のフィールドワークをやってきていました。なので、実は「移動大学」における2−3日のフィールドワークの価値についてはとても懐疑的だったようです。でも、「それなりにワークした」移動大学に参加するフィールドワーク初心者のために川喜田は「探検の五原則」を作ります。

 

  1. 360度から
  2. 飛び石づたいに
  3. ハプニングを逸せず
  4. なんだか気になることを
  5. 定性的に取材せよ

 

これなんですが・・実は相当私驚きました。なぜかというと、私が新しいことをしようとするとき、本を読むときに、必ず踏むステップがそのままに書かれていたからです。

 

たとえば、新しいプロジェクトをしようとするとき、何となく全体の風景を眺めます。見る角度が偏ると問題解決できないので、360度見渡します。ブレーンストーミングなども良い手段です。

 

でも、そこで論理的な図などを描いたり、必要以上に文献調査などしすぎず、現場にまず入っていきます。そうして出会ったものから「飛び石づたい」に調査を進めるのです。川喜田は、高度の教育を受けすぎた人はこれがなかなか出来ない、と言います。つまり、末端まで計画がきちんと立っていないと「行ってもむだだ」と考えてしまって、先に進めなくなります。

 

実は、私、コンサルタントだったとき、論理的問題解決の手法として「ロジックツリー」というものがあるのですが、これが大嫌いでした(今だから言えます。。。)。向いている人もいるのでしょうが、ロジックツリーで導き出される結果は、とにかくつまらなすぎるのです。あれはクライアントに納得してもらうための説明手段としか思えません。「ロジック」ではなくて「探検」で良い、と言われるのはかなりほっとしますし、自信が湧きます。

第三の原則「ハプニングを逸するな」も、本当に共感します。重要な手がかりは、意外なほど目の前を流れているというのはその通りで、ふと目に入ったもの、ある人と話しているときのほんの一言が決定的な意味をもつことがあります。

第四の法則「なんだか気にかかることを」「おもうままにさまよう」も秀逸です。私がリサーチを進めるときにも全くもってその通りです。ロジックツリーで取材すると、みんなと同じところにしか行けません。だったら、人工知能に任せてもいいでしょう。

第五の法則「定性的に取材せよ」も、マーケティングをしていた人などはすぐわかるのではないでしょうか。潜在顧客のニーズ調査と言いながら、質問票のスコアリングでは顕在意識のニーズすら十分に受け取れない場合がほとんどです。逆に「移動大学」ではある市民のほんとうの声を聞くときには、できるだけ色々な、質の上でバラバラな人たち、たとえば労働者、学生、農民、主婦などに話を聞いていきます。

 

まず一人の人に対するヒアリングをじっくり行うことからスタートします。そのNo1の人にタネがつきるまで聞いたら、その内容を持ち帰り、その意見の構造をKJで把握し、図解します。そして、その上でNo2の人に会います。No2の人にその図解を見せて、意見を求めます。また、同じことをNo3の人に行う・・というように積み上げていきます。そうすると、うまくばらつきのある人たちに話がきけたら、普通7−8人目で付け加える情報がほとんどなくなってしまう。そこで集まったラベル数百枚を整理していくと、「市民」のニーズが見えると言います。

こうしてできた図解をランダムに集めた市民の人たちに見てもらって、ここではじめて、その人たちが共鳴する内容にマルをつけていってもらって、その数を見ていけば、かなり正確に把握できるといいます。たしかに、はじめから五段階のアンケート表をばらまいて集計するよりはよほど良い質のデータが集まりそうに思えないでしょうか。

 

こうした、良質な「現状把握」ができたら、下の図でDまで進んだことになりますが、ここで、「判断」がなされたら、後半は「執行」となります。

 

ところで、この図の下に「ひと仕事の達成」と書いてあることが、とても重要になってきます。川喜田は、「課題が人びとを結ぶ(p30)」といいます。集団が連帯感をもってむすばれるために、絶対に必要なひとつの条件は、共通の達成課題をもつこと(p31) だとまで言い切りました。

 

多くの探究学習や、プロジェクト型学習(PBL)でも「つくる」ということが重要視されているのは、なにも「楽しいから」というだけではなく、「一人ずつの人間が活力をだすためにも、自分にとって、あまりやったことのない有意義な仕事を、自分の力で初めから終わりまでやってのける体験を持つこと(p33)」が決定的に重要である、ということであるということだと思います。一仕事をやってのけると、いい結果が生まれるだけではなくて、そこで達成した体験によって人間が成長する、というのは多くの人の実感ではないかと思います。まさに川喜田の言うように「物をつくることによって、(人は)結果的にみずからを革新する(p44)」のでしょうね。

 

【場の大切さ】

さて、こうした移動大学の実験において、川喜田は上手くいったことも、うまくいかなかったことも書いていますので詳細は本を読んでいただければと思います。しかし、最終的には「(こうした移動大学のような)広場というものがないと、これからの人間も組織も社会も、健康を保てないのではないか」ということが彼の結論となりました。

冒頭の話に戻ると、『イドコロをつくる』の伊藤さんも、こうした「場」をもつことは、急を要する問題だと言います。

 

***

現代は正気を保つのが難しい時代である。油断すると、何かの中毒になりやすいし、常軌を逸した価値観にハマってしまう。ただでさえ資本主義はあらゆる物事の規模を拡大させ、過剰にする圧力を持つ。これは重力に近い。ある程度重力に逆らってようやくバランスが取れる。例えば「資金調達の額は大きい方がいい」「売上は大きい方がいい」「利益は大きい方がいい」、こういう正気を失わせる誘いが常にある。しかしこれらは生活のゆとりや質、安心感とは全く関係なく、時に環境を破壊する。(イドコロをつくる p26)

***

 

「正気を保つが難しい時代」とはよく言ったもんだ、と思いますが、まさにその通り。「スケールした方が素敵」「SNSのいいねが多いほうが素敵」となんの実質もないものが次から次へと押し寄せて、私たちは今、冷静な判断をすることが極めて難しくなっています。特に「拡大志向」は要注意。伊藤さんは「小さい広場のつくり方が発達し、誰でもイドコロをつくり、見つけることができるような状況」が必要だと指摘します。

 

私が個人的に刺さったところは「小さい」ということ。一体全体どこで、「大きい方が偉い」となっちゃったんでしょうか。「大きい」ことが向く人はもちろんいます。でも、そんなことに向いていない人まで「大きい」ことを目指したり、目指せといわれる社会は異常です。「スケールしてこその社会貢献」なんて、誰が言い始めたんでしょう。少し頭を使って考えれば、それがどれだけ馬鹿げたことか直ぐ分かるはずです。

そうした「正気を失う」ことに溢れ、不健康の誘いがあちらこちらにある現代において、ますます自分自身をリセットしたり、取り戻す「場」はやはり必要なのでしょうね。そこにもちろん手法なるものはある程度ありますが、自分で「正気でない」ということに気がつくことは意外と難しい。だとすると、そういうことに気がつける場は必要だし、そうした「場」はスケールを目指さない。そうだとすると、そうした小さな「場」が今後たくさんできていかなければならないのだと改めて思うのです。そして、その「場」の作り手は、だれかであってもいいし、だれでもない、あなたであってもいいのです。

 

【余談】

ところで、今回のブログを書きながら、ふと母がKJ法の研修に行ったことがあると言っていたことを思い出し、聞いてみました。そうしたら、1973年3月、私が2歳になったばかりの時に、母は父に「京都でKJの研修があるから行ってきなさい」と言われて、3泊の研修に参加したことがあるそうです。当時私たち家族は香川県の丸亀市に住んでいました(実は伊藤さんも丸亀市出身)。小さな私を母はわざわざ新潟の実家に預け、京都まで行って研修を受けたそうです。父は一緒ではなかったので、その研修で女性は一人だった記憶があるとのこと。小さな子供を遠方の実家に預けて専業主婦がKJの研修を受けにいく、というのはその時代ではかなりユニークなことだと思うのですが、父はもう二十年前に亡くなっているので、なぜそんなことを母にさせたのか、全くわかりません。母は特に受講したかったわけではなく、父に言われたので行ってみたら楽しかった、という感じです。

 

父は変わった人でした。狼保全のためにロシアの土地を買うと言いだしたり、植村直己さんの探検に資金援助をしていた関係で、小学校の時に私も植村さんに家族でお会いした事があります。1973年といえば、時期的に「移動大学」の実験真っ最中の時期だし、母によると「川喜田さんと関係あったような記憶が」と言っていたので、もしかしたらなにか関係があったのかもしれない、などと想像してみたくもなります。ただ、いずれにしても、五十年近くも前に父親が川喜田二郎に惹かれていたことは、ほぼ間違いなく、何十年もたってから私が『ひろばの創造』を読んで興奮しているわけだから、なんだか面白いものです。

 

あれ、、7000字越えてました。最後までお読みいただきありがとうございます。「創造性」については面白いな、と思い始めているので、また書こうと思います。

 

今日はこの辺で。

 

<参考にした本>

『ひろばの創造〜移動大学の実験』川喜田二郎 中公新書

『ヒマラヤ チベット 日本』川喜田二郎 白水社

『今西錦司 その人と思想』川喜田二郎監修 ぺりかん社

『発想法〜創造性開発のために(改版)』川喜田二郎 中公新書

『イドコロをつくる 乱世で正気を失わないための暮らし方』伊藤洋志 東京書籍

『羊と自分が同じ直線上にいる』モンゴル武者修行公式ZINE

『生物の世界』今西錦司 講談社文庫

『創造性教育の展開』恩田彰 恒星社厚生閣

 

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