藤原 さと

「60年間通知表のない」伊那小学校訪問(後半)〜わたしたちの教育のルーツを辿る(5)

 

前回のブログで、見学させていただいた伊那小の各教室の様子をお伝えしました。今回は、見学後に伊那小学校福田弘彦校長先生と、信濃教育会会長の武田育夫先生に伊那小の実践がどのように守られ、発展してきたのかをお伺いしましたので、そのことを中心に書いていきたいと思います。

はじめに、福田先生と武田先生について。福田先生は、伊那小の教諭を8年されたのちに、教頭先生を3年、今年伊那小の校長先生になられました。武田先生は、大学卒業後、長野県内中学校教員からスタートし、長野県教育委員会指導主事、主任指導主事など歴任して、波田町立波田中学校教頭、伊那小学校校校長、長野県教育員会教学指導課、伊那中学校校長を経て、信濃教育会会長に就任されました。

ところで、長野県では「信州教育」といって、こうした探究する学びの文化が戦前から脈々と続いています。明治19年には、「信濃教育会」という長野県内の教職員等で組織する自主的職能団体が創設され、昭和の戦時下での解散と再出発を乗り越え、現在でも研修や調査研究が継続されています。小中学校の教職員を中心に約9000人の会員がいて、信州の生活科・総合的な学習の時間実践誌として『ふるさとの大地』という雑誌が発行され、信州の実践事例などが紹介されています。伊那小だけではなく、長野県には諏訪市立高島小学校、岡谷市立神明小学校など数々の優れた実践校があります。

 

【伊那小のまなび】

 

まず、伊那小学校では「子どもは 自ら求め 自ら決め出し 自ら動き出す力をもっている存在である」という子ども観を礎としています。「総合学習」「総合活動」を教育課程の中核に位置づけ、子どもの求めや願いに添って学習を展開することで、子ども自身に学ぶ力が育ち、主体的な学習が創造できると考えています。

1・2年生の教育活動を『総合学習』として位置づけ、3年生から6年生は『総合活動』と教科学習・道徳・特別活動によって教育過程を編成しています。具体的には、1・2年生の総合学習では、子どもたちは、ある物や事柄に出会った時、直接自分で見たり、触れたりして実際にやってみるという具体的経験を通して、初めて対象を認識していきます。前回のブログに書いた通り、ヤギを育てたり、チャボが死んだりするその日常の「出来事」が子どもたちを育てていきます。また、1年剛組がダンボールで滑り台を作りたい、となったように、子どもたちが「願い」を持てば、自然に必要にせまられて「国語」も「算数」も学んでいくことができます。だから伊那小は、子どもの求めから動物飼育・栽培活動・遊び・生活・年中行事などに題材を求め、「自然・社会」「言語」「数」「表現・運動」「道徳」「特別活動」という領域で学習をとらえ、教科や道徳も含めた「総合学習」としてカリキュラムに位置づけています。(参照:令和2年度『内から育つ』p78)

 

しかし、3−6年生になると少し変わってきます。それまで一体だった思考と行動がだんだん分化してくるため、1・2年生の総合学習の精神を受け継ぎつつも、教科のもつ特性に応じて学習していくことになります。また、学習指導要領に示された内容が子どもたちの求める活動と直接結びつかないケースも当然に増えてくるため、3年生からは総合活動、道徳、教科、特別活動と分けて時数を確保しているそうです。馬を飼ったり、大豆を育てたりする総合活動は、体温を測れば理科や算数、文章にして記録すれば国語、と当然教科学習と密接に関連しますが、「総合活動と教科学習を無理に結びつけることはしない」としています。(参照:令和2年度『内から育つ』p78)

 

見学日当日、5年生秋組の教室を見せていただいたいのですが、「林」を材にして学んでいました。4年生の時には、林で家をつくったり、花を育てたり、料理をしたり巣箱をかけたりして遊んだ子どもたち。春になると芽を出して大きくなるチューリップの花や、自分たちが作った巣箱に鳥がやってきます。家も下駄箱や机、椅子や棚をつくったり雨が入らないように隙間を埋めたり、はしごや階段を作ったり。秋はみんなでバーベキューを楽しんだり、お泊まり会を計画したりもしているとのことで、家を見てみたい・・・、と思うのでした。5年生なので、伊那市森林ビジョンにたずさわっている方、伊那市で伐採した木を利用してものづくりをしている方、自然保護や環境問題に取り組んでいる人々と関わりながら、林業や自分たちの地域への理解を深めているようです。教室では炭焼きに何度もチャレンジしている様子が掲示されていました。紀要『内から育つ』を見ると、こうした総合の活動に教科が絡まっていきます。たとえば、国語だと『千年の釘にいどむ』を読みながら西岡さんの薬師寺再建に込められた思いを知り、日本の建築技術について考えていきます。家や家具をつくるのですから、算数にあたる面積、角柱、円柱、見取り図、展開図は当然に必要ですし、理科の「てこのはたらき」も関係してきます。森林資源の分布やその働き、それを利用した人々の暮らしについて考えるわけですから、社会も関係します。それらと並行して教科の学習も進めていきます。

余談ですが、私は、この「総合活動と教科学習を無理に結びつけることはしない」ということは非常に大事なポイントと思っています。総合は「子どもの求め」から始まり教科は「教科のもとめ」からはじまるため、両立は不可能です。ただ、一方で「教科」もとても大事なので「教科のもとめ」による探究学習設計も両方できるようになるのがベストであると私は考えています。特に中学校・高校と年齢があがればあがるほど、「教科のもとめ」に従った探究学習設計をすることで、非常に多様で広がりを持った深い学びの設計ができると考えています。年齢的にも、子どもは「知識」を求めることが多くなってくるし、外的な刺激に誘発されることで、自分の問いを持つようになり、深く学ぶことに喜びを見出していきます。私たちも学校で必ずしも自分の興味がなかったことに触れて世界が広がったり、学んだ知識に助けられたことはなかったでしょうか。この辺のことはまたどこかで整理してお伝えできればと思っています。

 

【伊那小の教師教育】

さて、こうした伊那小の学びですが、公立校であり、さまざまな制約があるにも関わらず、どうして150年にわたって当時淀川先生求めた学びが今に至っても変わらず大事に守られているのでしょうか。

伊那小では「授業と研鑽は一」という考え方があるそうです。たとえば、郷里出身の文芸評論家・哲学者の唐木順三先生の本を読みあわせ、人としてのありようや、科学万能に陥りがちな文明社会への警鐘を子どもに向き合うわたしたちがどう活かすべきか考え合う機会を持つそうです。そして、夏休み初日には地域のお寺に足を運び、伊那小学校のあり様について感じることを忌憚なく語る場にしているとのこと。

 

校長の福田先生はこのように言います。

 

「伊那小といっても、初任の人もこの学校のことを何も知らずにくる人はいます。多様な先生がいる中で、伊那小の『こども観』、つまり、子どもたちは自ら求め、自ら決め出し、自ら動き出す存在である、ということを伝え続けていきます。」

「先生が一番に変わらなければならないのです。でもとても難しい。年に何回も、先生は伊那小での自分の経験を語りますが、『こども観』がすぐ腹落ちするわけではありません。一年で掴めば早い。2年目、3年目で変わっていく先生もいます。新しい先生が伊那小にきた時に、自分が語ることでそのことに気がつく先生もいます。」

「たとえば、一年剛組ではダンボールを材にして活動(ブログ前半参照)をしているのですが、担任の先生は当初子どもたちに『何をつくったの?』と聞いたり、『こういう授業がやりたい』と、子どもと教師の目線が離れてしまっていました。観察者の目線になってしまっていたのです。でも、ある日教師は子どもと一緒になって遊んでみました。その時に見えてくる景色が違ったことに気がついたのです。子どもたちが何かをしたいと思うまえに手を出してしまうことを私たちは「はからい」と呼んでいます。子どもたちがまだまだダンボールの世界を存分に楽しんでいて、浸っているのにそこに「学び」や「育ち」を求めてしまうと「自ら求め、自ら決め出し、自ら動き出す」ことができなくなってしまいます。学校内の研究会では同僚の教師たちからそういう指摘を受け、教師は育っていきます。」

「伊那小は2学年(1・2年生、3・4年生、5・6年生)がペアになった学校研究というものがあり、それが核になっていると思います。教師はそこでいつも集まって「それは出過ぎだよ」「それでいいんだ」「おれもそうだった」というようなやりとりを日常的にしています。時には指導案をまるごと書き直すケースもあり、厳しい場でもありつつ、家族や時には愚痴を言い合うような関係になっていると思っています。」

 

武田先生はこのように言います。

 

「伊那小の3年間は遠回りすることによって学ぶんです。子ども自身が言うんです。『自分たちでつくらないと総合じゃない』って。今、エビデンスとか評価とか言われていて、何らかの基準を設定し、その変化を計測し、それを成果として発表しようとしている。でも、伊那小はそこと徹底して戦っているんです。」

「伊那小は指導研究とかカリキュラム研究はしないんです。徹底してこどもの研究、事例研究。研究紀要のテーマはずっと変わらないのです。「子どもの目線」に立つ、それだけです。」

「淀川茂重先生が実験教室をはじめたころ、白樺派の人がいたり、自由画運動があったり、赤い鳥が創刊されたりしていました。そのころに長野の先生たちがのめり込んだ理由は『自由』なんじゃないかと思います。子どもはもっと自由でなければならないし、そのためには教師が自由にならないといけない。教師の存在そのものが教育なんです。なので、長野では、歴史的に哲学研究、道元や親鸞の読みあわせ、文学研究なども通じて教師の修養をしてきました。ただ、これには精神性や観念性の側面が非常に強く、修行のようになっている部分もあります。伊那小としては守らなければならないものがある一方で、こうした学びを広げていくにあたっては、(修行的な)息苦しさを少し緩めることも必要なのかもしれないと思うことがあります。」

「格好つけてもだめなんです。失敗を楽しむマインドが必要です。伊那小は、半分以上失敗だから。先生たちが、失敗を大事にする、ということがとても大事なんです。」

 

【不易流行】

 

こうして福田先生、武田先生にお話しをお伺いする中で、「子どもは 自ら求め 自ら決め出し 自ら動き出す力をもっている存在である」という子ども観から、一ミリもずれないこと、そしてこのことを守り通すためには、なんでもする、というくらいの気迫を感じました。実際に福田先生は、なんども「同じことを問い直すことが大事」「不易流行」という言葉を口に出されました。

伊那小にはホームページにも出ている、とても大切にされている詩があります。

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『未完の姿で完結している』大槻武治

 

ああでなければならない

こうでなければならないと

いろいろに思いをめぐらしながら子どもを見るとき

子どもは実に不完全なものであり

鍛えて一人前にしなければならないもののようである。

いろいろなとらわれを棄て

柔らかなこころで子どもをよく見るとき

そのしぐさのひとつひとつが実におもしろく

はじける生命のあかしとして目に映ってくる。

「生きたい、生きたい」と言い

「伸びたい、伸びたい」と全身で言いながら

子どもは今そこに未完の姿で完結している。

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「この学校にいるとね、子どもの“課題”を絶対に言わないんです。それが伊那小の子どもを見る目です。子どもの可能性、良さ、求めていることを常に見ようとしているんです」と武田先生がおっしゃったのですが、まさにこの詩のこと。ブレそうになったとき、必ず戻ってくる「たったひとつの大事なこと」を持っている学校なのだな、と思います。

 

そして、前半のブログを書いたあと、当日いただいた学校説明資料を見て驚きました。学校説明資料は上の大槻先生の詩で始まり、最後は下の言葉で締めくくられています。こんな自己紹介をする学校は世界中見渡しても、一体どれだけあるのでしょう。ましてや公立の学校です。

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学校は単なる職場ではなく

『詩境』でなければならない

子どもと教師の「人生邂逅の場」として

人間の現実境であってほしい

(松沢一美校長)

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実は、シュタイナー、ペスタロッチー、グルントヴィなど、教育と詩は切っても切り離せないところがあります。淀川先生の書かれたものも徹頭徹尾「詩」になっています。たとえば、『郊外』という寄稿はこんなふうにはじまります。

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静かな夜を微笑ましげに瞬いているあの星が、もしか、千年にたった一晩だけしか、この世からは見ることができないものであるとしましたらどうでしょうか。わたくしどもは、ひたすらその一晩にめぐりあわん事を願い、あい得たらばどんなにか欣喜して、夜すがら、蒼空を仰いでたち明かすことでありましょう。

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こんな素敵な文章を書かれる淀川先生ですが、師範学校時代は、数学理科に重点をおいて学び、三十歳前後ではアメリカのコロンビア大学で三年間臨床心理学を学んでいます。初等教育だけではなく、高等女学校の校長も歴任されて、数々の論考を残された淀川先生。私が当日伊那小を訪れて感じたのは、子どもが子どもらしく、その「いのち」を存分に発揮し、世界の「いのち」について学んでいるのだな、ということ。もっと知りたいなぁ、と思っています。でも、まだまだ私のなかには「なぜ?」だらけ。もっともっとこの学校のことを知ることができたら嬉しいです。

 

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2021年3月28日(日)に「探究する学びと日本の教育の旅ー信州教育」で信濃教育会武田育夫会長と対談しました。
当日のビデオはこちらからご覧ください。

 

 

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