スクラッチを通じたプログラミングで学ぶ目的は論理的思考力ではない〜MIT Media Lab村井裕実子さん、青山学院大学阿部和広先生インタビュー

 

100以上の言語に翻訳されており、4,500万人を超えるユーザーが参加するプログラミングツールでありコミュニティでもある「Scratch(スクラッチ)」。2019年8月、このサービスを開発したマサチューセッツ工科大学 MIT Media Labのメンバーが来日し、関連法人で教員向け研修※を実施しました。(研修の様子はこちらから)

それにあわせて、スクラッチの日本版を担当し、日本でのスクラッチ第一人者として、学校やイベントなどで子どものプログラミングの普及に奔走されている青山学院大学大学院特任教授の阿部和広先生、そしてMITのメディアラボLifelong KindergartenとPlayful Journey Labで、クリエイティブラーニングを支えるテクノロジーや学習プログラム、評価方法などの開発をしている教育研究者の村井裕実子さんにこたえのない学校の藤原よりインタビューをさせていただきました。来年の学習指導要領の改訂で小学校におけるプログラミング教育が必修化されますが、プログラミング教育の意義や注意点についてお伺いしましたので、ぜひ参考にしていただけると幸いです。

 

(左が村井さん、右が阿部先生)

 

【日本のプログラミング教育導入の現状と課題】

 

藤原:来年4月から学習指導要領における小学校のプログラミング学習が全面実施※※されます。今、どのような取り組みを日本でされているか教えていただいてもいいでしょうか?

 

阿部先生(以下敬称略):新学習指導要領では、主に小5の算数と小6の理科でプログラミングを行うことが決まっており、待った無しの状況です。私は大学の教員でもありますが、プログラミングを行う意味や楽しさを伝えるということを中心に全国の学校や教育委員会を回って教員研修を多く実施しています。本を書いたりテレビに出ることもあります。小学校の場合、新しい教科になるわけではないので、教科書に載っている以外のどの教科のどの単元でやるのかがわからない、コンピューターやプログラミングについての情報や研修が少ないなどの不安を伝えられることもありますね。

 

藤原:アメリカやほかの国のプログラミング教育の導入の状況はいかがですか?

 

村井さん(以下敬称略):そんなに大きな違いはありません。今日本では「(国の学習指導要領が変わることで)プログラミング教育をやらなければならない」という状況になってますが、アメリカでは1つの学習指導要領のようなもので国全体が規定されているわけではないので、地域ごとに異なる基準やアプローチで緩やかに広がっています。学校で懐疑的な人がいるのはアメリカでも一緒ですが、ICT担当の技術者が先生とは別に配置されていたり、必ずしも授業内ではない、アフタースクールとの連携などの形で発展してきています。

 

阿部:アメリカでは自分を出していくのがあたりまえという文化があるように思います。ただ、アメリカであってもプログラミングを通じて自己表現をするというクリエイティビティにつなげられている学校は多くないのではないでしょうか。100万台のマイクロビットが小学生に配られているイングランドでも、やはり教員がついてこれていないなどの課題はあります。

 

藤原:朝に先生から出た問いで「全ての人にとってプログラミングは必要か?」というものがありましたが、この辺についてはいかがでしょうか?

 

阿部:当然全ての人に必要、と考えています。「つくりながら学ぶ」という構築主義(コンストラクショニズム)の有効性は、1960年代から言われてきていることです。ものづくりを行うとき、今まで使われてきた楽器や絵の具のようなメディアはもちろんこれからも大切です。では、なぜコンピューターを使うかと言うと、コンピューターは人類が今まで手にしたことのないすごく面白いメディアで、プログラム次第でどんなものにもなるという特徴があるからです(メタメディア)。ある日リコーダーが絵の具になるようなことが実現してしまう世界。「パソコンの父」アラン・ケイがファンタジー・アンプリファイア(増幅器)と言っているように、せっかく私たちは魔法を手にしたのですから、それと対話する方法(プログラミング)を出来る限り面白い方法で子どたちに伝えたいと思っています。残念ながら、面白くない、お勉強としての「悪いプログラミング教育」というのはやはりあって、「いいプログラミング教育」をやらなければなりません。

 

村井:私も全員に必要だと考えています。私はラーニングサイエンス、つまり「人はどうやって学ぶのか」を専門にしています。どういう学び方が一番いいのかを考えたときに、プログラミングは、トライアンドエラーを通して、自分のアイディアを少しずつ少しずつ良くしながら伝えていく、という学習アプローチとして最適だと考えています。もちろんこれらはプログラミングでなくてもできます。でもプログラミングをすることで、そのスピードも試せるアイディアの量も全く違ってくると思います。これを学校の環境が整わないという理由で導入がされないと、結果的に大きな学習格差になってしまうのではないか、という懸念を持っています。だからこそ、全ての人にプログラミングを通して「学習方法」を学んで欲しいと考えています。

 

8月7日研修の様子                             

 

【よいプログラミング教育とは?】

 

藤原:やはり「よいプログラミング教育」をすることが大事そうですね。

 

阿部:はい。計算機科学を電気を使わずに(プラグを刺さずに)カードや体を動かすことなどで学ぶ「コンピュータサイエンスアンプラグド」という方法があるのですが、日本における「アンプラグド」は本来の意味から変化して、学校現場にパソコンが足らなかったり、先生がプログラミングが良くわからないなど理由で、従来の教具を使った授業と同じように、紙にフローチャートを書いたり、黒板に短冊を貼ったりするものになっています。日本では平均して1台のコンピューターを5.6人で使っているので、特に低学年の導入において現実的な方法として魅力的に映るようです。しかし、このやり方は一番大事なコンピューターの特性を使った「学び」、すなわち、自分がプログラムした通りにコンピューターが動くこと、即座に反応が返ること、何度間違えても怒られず、ゆっくりでも、はやくても、いくらでも試行錯誤できることなどが実現できません。また、実際にアンプラグドで作られたものがパソコン上でそのまま動かせることはまずありません。プログラミング教育は教科の学びと結びつけなければならないと学習指導要領で言われていますので、例えば筆算のやり方を短冊に切ってフローチャートにしてみましょうとなることもあります。しかし、これがプログラミング教育として適切であるかと同時に(コンピューターは内部的に筆算で計算していません)、子どもたちが筆算を学ぶ方法として適切かどうかもよく考える必要があります。なにより、このやり方は面白くありません。

 

村井:阿部先生のおっしゃっていることにも関わりますが、アンプラグドでプログラミングをやったと思ってしまう先生と保護者は、論理的に物事を組み立てる力とか、コマンドの意味を理解する力とか、おそらくプログラミング教育の価値を非常に限定的に捉えているように思います。でも、自分で問題を見つけて解決してみるとか、修正をしながらより良いものに創り上げていくなど、その先にはもっと大きな意味があります。アンプラグドが「正しくない」という言い方はそれこそ正確ではありませんが、そこでやめてしまうことは、「勿体無い」とは感じます。

 

藤原:アンプラグド以外のやり方はできそうでしょうか。

 

村井:私は信州大学と一緒に長野の先生と教員研修をしていますが、小学校・中学校の先生が頑張っていて、さまざまな専門科目を担当する先生方が集まっています。その中ではアンプラグドに限らず様々なやり方でカリキュラムを作成し、実践してくださっていますが、とても良い成果が出ています。私たちはクリエイティブラーニングのアプローチでプログラミングをするというスタンスでいるのですが、やはり一人の先生が複数科目を教えていることから教科横断の可能性が高い小学校は魅力的で、本当は小学校でこのような学びが入ってくることが理想ではないかと思っています。

 

藤原:人によっては、子どもの発達のペースに鑑みて、論理的思考の成熟面からみても小学生からのプログラミングは早すぎる、無理にすることはない、という意見を聞くことがあるのですが、その辺はどうお考えですか?

 

阿部:小学校においては、論理的思考力は従来から算数・国語・理科などで培うこととなっており、すでに実践されています。しかし、プログラミング教育で育まれる能力は違うところにあります。論理的思考力は、作ることで学んだ結果としてついてくるものであって、それを目的化してしまうのは良くありません。

 

村井:昨日の研修でも「(スクラッチで)論理的思考力がこれでつくのですか?」という質問が先生から出ました。論理的思考というとこういうものでなければならない、と幅が狭くとらえられるようです。

 

藤原:確かに「論理的思考」というと多くの人はリニアなイメージでせいぜい場合分けの樹形図のようなものくらいまでしか想像しないかもしれません。実際にはもっとダイナミックで立体的、カオス的なものなのにそういうふうに捉えられていない、ということでしょうか?

 

阿部:はい、全くそのとおりです。スクラッチはその特性として、どう組んでも動くものが出来てしまうという部分があるので、だからこそ「ネコが激しく動いている」など完成したものをだけを見るのではなく、そのプロセスやどこで躓いたかの試行錯誤や何を作ろうとしたかなどを辿ることが極めて重要になってきます。そうでなければ、ただ適当に遊んだだけではないかとか、図工とどこが違うのか、と言われても仕方がありません。

 

村井:まさにそのプロセスの話をするかしないかで、アクティビティの価値が決まってきます。

 

阿部:ライフロングキンダーガーテンが提唱しているものに(下図のような)クリエイティブラーニングスパイラルというものがあります。これは子どもたちの遊び(学び)の中で普遍的に行われていることを知る上で重要なモデルです。学校現場の実践では一周回らないことも多いのですが、本当に面白いのは二周目からです。じっくりとそのプロセスを振り返り、可能な限り複数周回してもらいたいと考えています。

出所:「ライフロングキンダーガーデン 創造的思考を育む4つの原則」

 

藤原:私たちの扱う探究学習でも全く同じことが起きています。一周すら回せないことも多く、導入だけで終わってしまい、それを探究だと思ってしまうことも多い。もちろん子ども達にとってはそれも確かな経験となるわけですが、心配なのは教師の気持ちです。教師の喜びは子ども達の変容と成長なわけなので、それを見届けられないと持続する力が弱まってしまいます。

 

阿部:スクラッチも三年くらい一つの学校で続けてやるとやはりしっかり効果が出ます。三年やれば子ども達が明らかな学習態度の変容(自主性、協働性など)を見せるため、先生が「これはやる価値・意味がある」と捉えるのです。そこまでくれば、先生達はお仕着せのものではなく、自らカリキュラムを作るようになっていきます。だから長い目で見る必要があるんです。

 

村井:手前味噌ですが、長野県教育委員会と信州大学のプログラムは本当に上手くいきました。4ヶ月のプログラムなのですが、先生達はプログラミング学習をそれぞれの現場で実際に企画・実践し、そこでの気づきをもとにさらに実践をし、、交流する、協働する、ということを続けていくのですが、そうすると実践における子どもの変容の話がそのうち出てくるんです。先生同士の学び合いが良い形で回っていく、そういう環境が必要だと実感しています。先進的な取り組みをしている先生は学校では孤立しがちでもあり、そういう意味でも良い横のつながりになっています。

 

阿部:私たちにできるのは環境設定だけです。構成主義にしても構築主義にしても子供たちは環境と相互作用しながら自らのシェマ(知的枠組み)を構築します。私たちが子供たちに一方的に教えたとしても、それは本当の意味での学びにはなりません。それに気付いた先生方が変わってもらえればと思っています。その一方で、こうした取り組みをどうやったら局所的なものでなく、スケールできるのかという問題もあります。すでにプログラミングを通して学ぶ意味が分かっている人たちだけで話をしても、一種のエコーチェンバーになるだけです。そうではなく、まだ知らない、懐疑的な人に対してどうやってリーチしたらいいのかと考えたときに、一部の人しかアクセスできない新しいメディアを使うのではなく、テレビや本などの古いメディアが有効ではないかと思っています。日本のテレビの世帯普及率は100%近いですし、公共図書館も発達しています。これらは経済格差の影響を受けにくく、偶然情報に触れる機会もまだまだ多いです。

 

今回来日したMIT Media Labのチーム(左:Eric Schilling 中:村井さん 右:Lily Gabaree) 

 

藤原:プログラミングに対する理解がまだこれからの人たちに向けて、彼らの言語、心地よいメディアに寄り添う一方で、環境との相互作用によってリアルな場でシェマが先生や子どもたちの間で構成され、共有され、感染していくということも大事で、両輪で回せるのが理想ですね。それでは、最後にまとめに入りたいのですが、これからのスクラッチの発展やプログラミング学習について、また先生や子ども達へのメッセージをぜひ頂ければ幸いです。

 

村井:スクラッチというのは一つのエンパワーメントだと思っています。作ったものがたくさんの人に見てもらえる、見てもらえなかったとしても、何か動く、人に見せられるものが完成する、それはアイデアを実現するためのツールだと思っています。スクラッチはそういうツールだと考えてぜひ活用してほしいです。スクラッチは教育用のツールではなく、表現のためのパワフルなツールです。私自身、なにか作ろうとすると緊張してなかなか創れなかったりすることがありますが、スクラッチは気軽につくることができます。自信をつけることができるかもしれない、やる気や視野、自分のやったことを世界中にシェアしてみる、そんな機会を体験することだと捉えていただけると嬉しいです。

 

阿部:スクラッチは一部の子ども達にとってはそれ自体がもう自分の居場所です。いろいろ探した中で、ようやく自分の居場所を見つけたと感じる子もたくさんいます。それなので、スクラッチを指して単に「言語」や「ツール」と呼ぶことには気をつけないといけないと思っています。コミュニティという考え方の方がいいのかもしれません。なぜスクラッチはあるのか、どうスタートしたのか、そんなことにも思いを馳せると、そこにはとても豊かなものがあります。そう考えると、将来役に立つ勉強の対象としてのプログラミング言語に押し込めてしまうのは、その可能性を見誤ることになります。スクラッチには、「作る」というボタンがあります。あれこれ考えるのではなく、先生や保護者の皆さんにまず押してもらいたい。大人はなぜか偉い先生が何を言っているかなどを気にされるのですが(この記事もそうかもしれません)、「まずは自分でやってみる」それに尽きると思います。技術もいりません。初めは「ネコが鳴いてニャー!」だけでもいいじゃないですか。間違えることが肯定され、むしろ推奨されるのが、プログラミングの世界です。指導書には「楽しかっただけで終わることがないように」などと書かれていますが、まずは自分が楽しんで、子どもたちが自由に遊ぶのを邪魔せず見守ってもらえればと思います。

 

藤原:ありがとうございました!

 

研修の様子

 

※本研修は、こたえのない学校代表の藤原が共同代表を務める一般社団法人SOLLAを主催として実施しました。

※※学習指導要領

文部科学省では、学校教育法等に基づき、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準を定めており、これを「学習指導要領」といいます。2020年に大幅な学習指導要領の改訂が行われ、そこで情報教育の充実・小学校でプログラミング教育の必修化などがスタートします。

 

<おすすめの本>

「ライフロングキンダーガーデン 創造的思考を育む4つの原則」ミッチェル・レズニック著 

 

<関連リンク>

https://scratch.mit.edu/
https://scratch.mit.edu/conference
http://scratched.gse.harvard.edu/
https://day.scratch.mit.edu/
http://www.scratchjr.org/

 

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