home > Blog > 藤原 さと > おうちでできる探究のススメ (特に幼児期~10歳前後まで)

 

こんにちは。藤原さとです。

 

アメリカネタを続けて書くかもと言いつつ・・・、今日は、おうちでできる探究・・について書いてみます。本来自分の子育ての経験を書くことが一般性を持つものか分からず、少し悩んだのですが、「こんな考え方もある」という風に割り切って少し、自宅でのことも一部書いてみようかと思います。

 

そもそも探究って何?

 

ところで、「探究」ですが、これは一般名詞です。なので、「探究」「inquiry based learning」などで検索すると、それはそれは沢山の定義が出てきます。

何ともつかみどころのない言葉なのですが、国際バカロレアの「探究」の定義が私たちの理解に近く、実際のこたえのない学校のプログラムの実施に於いても意識しているところですので、今回、こちらの定義を「探究」と捉えて、書いてみます。

さて、国際バカロレアでは、最も広義に“探究”という言葉を捉えた場合、それは「児童生徒が現在の理解レベルからより深い、新しい理解レベルへと移行するためのプロセス」とし、以下の活動の多くを伴うとしていています※。

 

・推測、調査、疑問の提起

・既習事項と現在の学習の関連付け

・調査研究

・理論の構築と検証

・データ収集、発見事項の報告、説明の構成

・既存のアイディアの明確化、事象に対する認識の再評価

・仮説の設定

・特定の立場への立脚と、その立場からの擁護

・さまざまな方法での問題解決

・分析と評価

・代替的な説明の検討

 

こうやって書くと大仰で、家庭で何かしようとすると、それだけで気疲れする気持ちになりますが、そこまでいかずとも、「探究」の種を育てる・・という意味で、家庭の果たす役割はやはり大きいと思います。

 

おうち探究のきっかけ

 

赤ちゃんは、それこそ0歳のころから、探究心のかたまりで、歩いてみようとして転んだり、口にいれてすべてのものを確かめようとしたりします。それから3歳くらいまでは見るもの見るもの面白くて、親に「これなぁに?」「あれなぁに?」と質問をします。この時期は、戸外にできるだけ連れ出し、本人が何か熱中しているようなら、じっと見守っているだけで、勝手に好奇心の赴くままに自分で探究する時期です。

ただ、4歳くらいになるとお友達との関わりが少し変わってきたり、絵をかいたり文字に興味を持ったりとフェーズが変わってくるので、その時期にこの旺盛な好奇心を壊さないようにするには、少し工夫が必要だな、、と思うようになりました。

そんなある日、娘は4、5歳くらいだったでしょうか。タクシーに乗っていたときのこと。娘がフロントガラスについているカメラを指さして、「あれなぁに?」と聞きました。その時に、「あれは防犯カメラと言ってね・・・」と言いかけて、ふとその返事に違和感を感じて、「ホントだね。面白いね。あれ何かなぁ」と言ってみたのです。そうしたら、しばらく考えて、あれは自分たちのことを写しているのではないか、ではなんで写しているんだろう、などとあれこれ考え、「そうだ!悪い人がいるならそれを写せるのかなぁ」と言いました。それを聞いていた運転手さんも、「そうなんだよ、これはね・・」といろいろ教えてくれたのでした。その後も、マンションの防犯カメラや、町のカメラ、アイフォンのカメラなどを見ては、カメラ探しとそのカメラの用途に対する推測を楽しんでいました。

その様子を見て、「あ、もしかしてこのほうが良いかも!?」と思ったのです。私は当時コンサルタントとしてフルタイムの仕事をしており、時間もなく、そのあとも、「あれはなぁに?」と聞かれるたんびに反射的に「そうだね、あれなんだろうね。」と返すようになりました。そのうち「そういうのって、カセツっていうんだよ」と言って、「カセツゲーム」をするのが親子の会話の一つの遊びになっていきました。

今、娘は小学校2年生ですが、「カセツゲーム」は続いています。大きくなってきたので、「なんで熱が出ると頭は痛いの?」「声ってどうやって出てくるんだろう?」「昔日本とアメリカは戦争したんでしょ、なんで今はアメリカ人とお友達になれるの?」とか、だんだんと内容が上がってきます。その時の私の返事は、いつも一緒です。「そうだね、なんでだろう?」

 

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教育プログラムとしての探究とおうち探究の違い

 

さて、こたえのない学校として、「探究」を軸としたプログラム開発・実施する中では、「皆でアイディアを出し合って学びあう」プロセスや、「新しい知識をいれながら深める」ワークショップ、「最終的なアウトプットとしてのプレゼンテーション」などを入れています。こうした工夫を重ねることは他の教育プログラムも同じだと思います。

ただ、こうしたものは、自宅では他にお友達がいなかったり、準備もそれなりに必要なので、自宅で実践するのは、なかなかするのも難しいものです。特に調査の部分は、小学校も低学年、中学年くらいまでだとその場でパソコンで検索することもできなかったりするので、自宅にたまたま関連する書籍があればよいですが、そもそも自主的に「調べる」というプロセスを踏むことが難しかったりします。だからといって、親がいちいちフィールドワークに連れて行ったり、図書館に行ったり・・まですることも家庭によっては難しい場合も多いのではないでしょうか。

でも、だからと言って、子どもとしてせっかく疑問がわいたり、好奇心が刺激されているのに、そのままほっておくのも勿体ないです。

ということで、今やっていることは、疑問がわいたら、まず、自分でその疑問に対する「カセツ」を立ててみることまでその場でやってしまいます。その「カセツ」は一つで終わってしまってもいいし、沢山でるようなら、もっといいです。そしてその「カセツ」がどんな突拍子のないものでも、「へー、面白いね、そういうのもありうるかもしれないね」と返しておきます。そして、そこでそのカセツに対して、本人が持っている経験が考える種になるようなら、思い出させてあげます。たとえば、「アメリカと日本の戦争」の話であれば、「昨日、○○ちゃんと遊んでいたとき途中まで仲良くなっていたのに、どうしてケンカしたの?でも、ケンカしても仲直りするよね、それってなんで?」とか、体の熱については、「走ったりすると暑くなって汗かくよね、あれってなんでだろう?」みたいな質問です。

そして、その後ですが、数々出てきた疑問に対しては、その場で答えを出してしまおうとせず、「カセツ出し」と「考え始める」ところでストップしてしまいます。そして、その後10日後であろうが、1か月後であろうが、1年後であろうが、その「疑問」に関連するような事柄があるたびに、その「疑問」を呼び起こしていきます。たとえば、「声ってなんで出るんだろう?」という疑問があれば、風船を買ったときに、風船に声をかけて、ブルブル震えるのを触ったり、太鼓やピアノの鍵盤をたたいて、震えるのを触ってもらいます。戦争であれば、シリアの話やパリやインドネシアでのテロのニュースを見たとき、スターウオーズを見たとき等のタイミングで、改めて「疑問」と「カセツ」について考えてみます。ハリーポッターを読んでいるときに、ヴォルデモートとヒトラーがどこが一緒で何が違うのか・・なんてことを話しあったりするのも面白いものです。

そうやって、いくつもいくつもある「疑問」と「カセツ」を同時進行させていくと、そのうち、子供も疑問を持ちやすくなってきます。また、そのうち自分自身でその「カセツ」に関する経験を新たにすると、ピピっと反応するようになります。そこまでいくと、子どもの前には、「自分にはわからないことだらけの未知の世界」が目の前に立ちはだかっていることになります。今、娘のことでいえば、何十個という疑問とカセツをそのまま走らせている状態です。

 

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さて、こうした家庭での探究ですが、学校や、私たちのやっているプログラムでは実現できないことができます。なぜかというと、「時間的制約」と「アウトプットへのプレッシャー」がないからです。

良くも悪くも、学校はカリキュラムがあり、学ぶことを定義しなければなりません。また、組織であるが故に、子どもの評価だけでなく授業そのものの自己評価も必要ですし、時間内に何かしらのアウトプットを設定することがほとんどです。また、協働学習を設計するのであれば、プログラムそのものに適切なテーマとストーリーがなければ、ベクトルが整わず、ぐちゃぐちゃになってしまいます。

でも、家庭だとそれらほとんどを気にせず、自由に探究できる醍醐味があります。

大人が考えるとついつい「仮説設定」「調査」「アウトプット」が揃わなければ何かした気にならなくて、気持ち悪くなってしまうのですが、敢えて期限を求めずのんびりやってもよいこともあるように思います。

そして、、、この家庭での「探究」、お金がかかりません! しかも、カセツ出しのところで一旦止めても構わないので、面倒くさくありません。「これなあに?」って聞かれたら、「そうだねー、なんだろね~?」というだけです。簡単なものです。。

確かに子どもが疑問に思っていることは覚えておく必要がありますし、自分自身もその「問い」について“子どものいないところで”探究し、適切な「問い」を投げかけられるようにしておいたほうがベターではあります。でも、これも隙間時間でできます。しかも、子どもの問いって本当に面白い!せっかくなので親子で探究してしまったらどうでしょうか。

ということで、今回は「○○法」みたいな話でなくて、恐縮です。「こんなやり方もあるんだな」と思っていただければ幸いです。

 

おうち探究のススメ

 

あくまで「探究する学び」の実践者としての意見ですが、特に小学生の間くらいは、限られた教科書の世界でよい点数をとることよりも、「この世は自分の知らないこと、面白い事で満ち溢れている!」と感じて、好奇心のかたまりになっていることが大切なような気がします。もちろん、上述のようなやり方なので、アウトプットとして明確なものは見えません。でも、子どもの持つ問いって、実は最先端のアカデミックの世界でトップの学者の人たちがウンウンうなりながら、本気で考えていることも多いものなのです。「宇宙ってなんでできたの?」とか。だからこそ、調査して短期に答えを出すというようなたぐいのものではないことが多いのです。

もちろん、いろいろな体験学習の機会や、家族で楽しめる教育サービスやキットもあるので、利用してみて良いと思います。その場合は、子どもから出た疑問や何等かのテーマに寄り添う形で体験したり、学んでいくとなお面白くなると思います。その一方で、探究の種は、「トイレから流れるものはどこにく?」とか「ガスコンロのガスはどうしてつくの?」みたいなところにあるので、まずは、身近なものでやってみても充分目的は果たせます。私の現在居住しているところも田舎で、いわゆる体験イベントなどもほとんどない地域ですが、学ぶ種はそこらにゴロゴロ転がっています。

おうち探究は、何よりも、子供が自分で発した問いへの探究です。子供のペースで進められます。まさにオーダーメイドです。

 

おうちで出来る探究って実はたくさんある!

 

さて、上記はほんの一例で、そもそも「これがおうち探究だ!」と胸張って言うようなものでもありません。

実は、「探究」の要素を持っているものはほかにもたくさんあります。代表的なものは「遊び」でしょうか。お友達同士で遊ぶと、子どもたちって、常に常に自分たちでなんらかのルールを設定して、ゲームを作り上げたりしていませんか?そして、そのゲームはルールが甘かったり、やってみたらつまらなかったりで、ケンカになったり、やる子がいなくなったりして、そしてまた新しい遊びを考案する・・の繰り返しです。

これこそ、仮説設定と実行、振り返り、問題解決、また実行のまさにPDCAであり、相手あってのものなので、まさにダイナミックな探究としか言いようのないものです。

また、スポーツも仮説を立てて、自分の体を使っていろいろ試してみて、課題解決していくことの繰り返しです。

と、考えるとおうち探究なんて、案外種がごろごろとその辺に転がっているのかもしれません。小難しく考えず、楽しんでみてもいいかもしれません!

とうことで、今日はこの辺で。

 

※ 「一貫した国際教育に向けて」 ©International Baccalaurate Organization 2014 P.17

 

関連ブログ

慶応大学の学生は小学生の時、何に夢中になっていたのか ~長谷部研究会を訪ねて~

https://kotaenonai.org/blog/satoblog_keio_hasebeken_1509/

 

体験型学習、調べ学習と探究型学習の違いとは? ~国際バカロレアのIBワークショップから~

https://kotaenonai.org/blog/sato_blog_ibworkshop_150800/

 

こたえのない学校の「探究する学びとは?」

https://kotaenonai.org/ibl/

 

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