home > Blog > 藤原 さと > 教師の仕事は徹底した個への関心がないと成立しない 〜誰一人として見捨てない教育へ

 

藤原さとです。

さて、いつもお世話になっている軽井沢風越学園(設立準備中)の岩瀬直樹先生が今年共著で出された「インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?」という本。 読んでみたら、本当に良かった。岩瀬さんの本はいくつか拝読していますが、私、もしかしたらこれが一番好きかもしれないですね。ご紹介したいと思います。

 

インクルーシブ教育という言葉に馴染みがない方もいるかもしれませんが、子どもたち一人ひとりが多様であることを前提に、障害の有無にかかわりなく、誰もが望めば自分に合った配慮を受けながら、地域の通常学級で学べることを目指す教育理念と実践プロセスのことをいいます※。

2007年に学校教育法の一部改正があり、特別支援教育が法制化され、それまで場を違えた特殊教育、つまり特別支援学校や特別支援学級だけで行われていた障害のある子どもへの指導が、通常の学級においても行われるものへと大転換しました。

この法改正によって、通常の学級でも障害のある子どもへの指導、すなわち個に応じた指導・支援を行うことが当たり前となったのですが、特別な支援が必要な子どもはおよそ6.5%、各クラスに3-4名はいるという状況の中で(H24文科省調査)専任特別支援教育コーディネーターの不足や、現場教員の対応能力向上などいくつかの課題があります。

こうして必ずしも整っているとはいえない環境の中で、先生は学校は何ができるのか。考えていけたらと思います。

 

【ユウキ君の話】

この本の前半は岩瀬先生のクラスにやってきた小学校5年生のユウキさん(仮名)のエピソードを軸に進みます。

ユウキさんは岩瀬先生が勤務していた学校に4年生で転入してきたのですが、キレやすく、教室にいるのが困難で一日中保健室に居ることが多くなっていました。そんな中で、先生は教室リフォームプロジェクトなど色々なことを試しながら、「ユウキさんはやりたいことを止められた時にキレてしまう」ことに気づき、ライティングワークショップ(作家の時間)などでユウキさんが自分の居場所を見つけられるように導いていきます。それでも暴れてしまうユウキさん。クラス内で自己承認欲求が満たされないナオミさんが、ユウキさんがキレるスイッチをすぐに押してしまうところなどは、非常にリアルです。

こうしたことは、起きがちですし、実際に前年の担任の先生はユウキ君にかかりきりになってしまったとのことなので、そうなってしまうと教室全体が機能不全にもなりかねません。保護者としては、ベテランの先生が担任になるのを待つしかないのでしょうか。

 


【徹底して個を見ること、それも全員の】

こうした状態に陥った時に大事なことは、逆説的ですが、教師がユウキさんだけにとらわれないことだと岩瀬先生は言います。

つまりこういう時こそ、ユウキさんを「特別な子」とはせず30人いるクラスのあくまで一人として接し、他の子ども達をユウキさん同等に大事にすることが重要と言います。

なぜそれが大事かというと、教師が一人ひとりの個に出会い、個の成長に寄り添うことで子ども達が自己を尊重されたことを実感すると、他者への尊重や優しさが子どもたちの中に自然に生まれ出てきて、子ども達が、味方になってくれるからです。子ども達は安心の中で、「困った時に力を借りてよかった」「周りの人はきっと助けてくれる」「だから私も助けよう」と学んでいくのです。

本文にはありませんが本にも触れられているプロジェクトアドベンチャー(PA)の考え方に、「学びはコンフォートゾーンの際で起きる」という言葉があります。クラスの中のチャレンジにコンフォートゾーンの存在は必須なのです。子ども達は、まずはそのコンフォートゾーンに入った上で、「学ぶ」底力、ポテンシャルのようなものを蓄えていきます。安心・安全の環境、人を信頼できるという信念を持って人は初めてチャレンジできるのです。

4月に学期が始まった時に不安なのは、ユウキ君のような特性の強い子どもだけではありません。どんな子であっても、不安があったり向かいたいものがあったりするわけです。そこを拾ってあげること。探究にかかわらず、こうした導入で「学び」に向かうベース作りにかける時間や労力が少ないケースはままありますが、そうすると足腰が弱く、すぐトラブルが起きてしまう、もしくは学びが浅く、すぐ生徒は教師に頼ってしまうため、教師は対処療法に一年中追われていることになります。

 

ではどうしたら良いのか?

 

もうこたえは出ているようなものですが、「クラスの一人ひとり、誰一人見捨てず、真摯に向き合う」ということが大切です。こうすることで、一見遠回りに見えますが、子ども達は、良質な共同体験を積み重ね、安全と信頼感をベースとした上で、特性のある子とも一緒に試行錯誤や失敗を積み重ね、一年を通じて成長していくのです。

 

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現場に出る前に僕らが伝えられることは、徹底して個を見ること、この子は今どんなことを考えていて、どんな生育歴があって、どんなことが好きで、どんなことが嫌いでと言ったことに関心を持つということ、それも気になる子だけではなく一人ひとりについて、ということです(P67)


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僕らは、つい気になる子にフォーカスしてしまいがちですが、他の子どもたちもそれぞれのエピソードを生きています。教室に29人いたら、29通りの物語を紡いでいることを忘れないようにしたいんです。(P52)

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【教師にとって一番大事なこと】

さて、こたえのない学校で実施している7ヶ月間の教育者のための探究の旅、Learning Creator’s Labも、二ヶ月が立ち、ぽつりぽつりとメンバーの悩み相談を受けることが出てきました。3期目になりましたが、今頃は例年そんな時期かもしれません。

ただ、3期目になって私の中で大きな変化が出てきました。それは、メンバーの中で「一人も見捨てない」という覚悟のようなものが出てきたことです。言い換えると、35人全てのメンバーの成長にコミットするということ。

 

私はビジネスの世界にいた期間が長かったので、「ある特定の組織に合わないのであれば、出ていって構わない」という価値観をどこかで持っていました。コンサルタント時代に担当したプロジェクトで何人ものスタッフの退職勧奨を行ったこともあります。その時には対象者に対しても、「この組織には合わないのだから別の組織に行った方がこの人は幸せだろう」と思っていたところがありました。

そんなこともあって、2期目までは、「合わないかも」と言ってくるメンバーに対して、「無理はしなくていい」と伝えていました。正直、私も人間ですから、合う人も合わない人もいますし、考え方が大きく違う人もいます。そうした時に、「なんとかしよう」という真剣味に欠けてたのです。

でもそれは教育という文脈では全くもって誤っていたこと、自分に合う合わないにかかわらず、一人ひとりに深い興味を持ち、理解することこそが教育者として何よりも一番大事な資質であるということがやっと腹落ちしてきたように思います。

 

これが音楽やスポーツなど特定の技能を教える教室だったり、受験塾のように目的がはっきりしている場合には、「合う、合わない」で決めて良いのかもしれません。でも、なぜ「学校」で「誰一人として見捨てない」ということが重要になってくるかというと、学校の教室がほかでもない社会の縮小版だからなのです。

例えば、日本は沈みいく船なのだから、脱出すればよいというような話を聞くことがあります。実際にそのような行動をとる人もいて、それ自体は特段に非難されるようなものではありません。

でも、そのような行動を取れない人はお金がなかったり、社会の要請と自分の能力が必ずしも合っていなくて苦労しているケースなどです。そういう人たちは日本を出ていきたくても出ていけません。だからと言って「そういう人は不要だから出ていってください」という国だけには誰も住みたくないですよね。今何も問題がなくても、病気や失職などでいきなり立場が変わるということなどいくらでも起こり得るので、自分の問題でもあります。

 

社会は、色々な人がいて成り立っており、その誰もがかけがえないのだという肌感覚を持つ場が「学校」なのではないか。

 

これはその人の学習観の問題なのですが、私自身、「学校」を「知識・スキルを身につける場所」とはもはや捉えていません。むしろ「社会正義の実装の装置」と考えています。

最近学校のありかたに絶望感もあり、「学校不要論」もあります。もちろん「知識・スキルを身につける場所」と捉えてしまうと、学校はむしろ非常に効率が悪い。それぞれの専門家を呼んで家庭教師をつけた方がよほどよいかもしれません。

でも、そこで決して学べないことは、自分が望まない人も一緒の空間で過ごし、他者の中で自分を見据えて、人を助けたり、助けてもらったりする経験だったりします。

もちろん学校の状況によっては非常に威圧的な文化を持っていたり、機能不全で教室で上述のようなことが学べず、心を壊してしまうくらいなら教室を出て行った方が良いというケースもあるので、簡単には言えませんが、本来の公教育の価値はこういうところにあったのではないでしょうか。

 

教師という仕事の特殊性、非常に魅力的且つ、尊いと思うのはこんなところではないかと思うのです。

ぜひ、本、読んでみてください。私の拙い言葉よりよっぽど伝わるかと思います。

 

では今日はこの辺で。

 

【お知らせ】

岩瀬直樹先生、そして麹町中学の工藤勇一校長が「私よりはるかにぶっ飛んだ校長」と言う世田谷区桜丘中学の西郷孝彦校長、リタリコ研究所所長の野口晃菜さんが一緒にLearn X Creationで一緒に登壇します。テーマはもちろん「インクルーシブ」です。私はモデレーターを担当させていただきます。上のタンポポの写真は桜丘中に西郷先生をお訪ねした時に撮ったもの。本当に素敵な学校でした。ここまできて、宣伝!?とがっかりしないでください。西郷先生、野口さんはまた違った観点から「インクルーシブ」に取り組まれており、非常に面白くなると思っています。ぜひ遊びにいらしてください。詳細の内容がまだHPにアップできていないのですが、8月3日14:00-15:30 @広尾学園です。下記URLから申し込めます。

Learn X Creation HP

https://www.learnx.jp/

 

<関連ブログ>
発達障害等の子はどう過ごしている?アメリカ公立校の特別支援教育の現場

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※リタリコ発達ナビ
https://h-navi.jp/column/article/35025729

藤原 さと