こんにちは。藤原さとです。
先日5月20日に教育再生実行会議の第九次提言が発行されました。題名は「全ての子供たちの能力を伸ばし可能性を開花させる教育へ」です。
具体的には、多様な個性が生かされる教育の実現として、下記のようなテーマが掲げられていました。
1) 発達障害など障害のある子供たちへの教育
2) 不登校等の子供たちへの教育
3) 学力差に応じたきめ細かい教育
4) 特に優れた能力をさらに伸ばす教育、リーダーシップ教育
5)日本語能力が十分でない子供たちへの教育
6) 家庭の経済状況に左右されない教育機会の保障
今までのブログで、2)、3)、4)、一部6)については直接・間接的に触れてきたのですが、1)について少し事情があり、特別支援教育(Special Education)について、現在住んでいる教育区(Independent School District)のトップに直接インタビューも行い、現場の先生の声も聞きましたので、日本の現状を整理しつつ、自分の頭の整理も兼ねて、その内容も共有したいと思います。特に今回はインクルーシブ教育について纏めたいと思います。
<日本の状況>
まず障害のある子どもたち支援の現状ですが、文科省の学校基本調査によると、現在視覚・聴覚・知的障害、身体虚弱や肢体不自由等の子供たちに対しての特別支援学校に約7万人の生徒が通っています。また小学校や中学校の学校内で、特別支援学級や通級による指導を受けている子供たちが、27万人程度います。これらの生徒の割合は、全生徒の約3%です。
一方、大変興味深いデータがあります。平成24年12月の文科省による「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」です。この調査は、通常の学級に在籍する知的発達に遅れはないものの発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態把握をするために実施されました。この調査は、全国の公立小中学校の教諭を統計的に抽出し、アンケート調査を行ったうえで、その内容を特別支援教育コーディネーターまたは教頭(副校長)による確認したデータが使われています。
その結果、通常学級に在籍しながら知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合が6.5%に達することが分かりました。
この数字を全児童・生徒数に当てはめると、60万人以上の子供がケアを必要とすることになるのですが、実態としては、そういった子供たちのうちたった10%程度しか個別指導計画が策定されていないという実態も明らかになっています。
こうした現状を踏まえ、今回の提言では、早期発見・早期対応はもちろんのこと、今まで兼務であった特別支援コーディネーターの専任化や支援員・看護師等の配置促進、教員育成段階での発達障害などの学修の必修化などが盛り込まれました。
<アメリカのSpecial Education>
さて、アメリカの障害児教育は、1975年に施行されたIndividual with Disability Act(IDEA)が基本となっており、現行のものは2004年改訂のものです。
基本的な考え方は、「まず通常クラス内で対応可能かということを第一選択肢とする」ということに大きな特徴があります。通常クラスがどうしても不可能なら、Special Class(特別支援学級)、Special School (特別支援学校)の可能性を探ります。なので、こちらでは、Special Schoolというものがそもそもほとんどなく、仮に全盲の児童生徒であっても、Regular Class(通常学級)の可能性を第一選択肢とします。
なお、具体的な運用については、州ごとに違う部分もあり、各評価項目も違うのですが、テキサス州は、National Center for Education StatisticsによるとStudents of Disabilitiesの高校卒業率がアーカンソー州に次いで全米2位(77.5%)と高いパフォーマンスを出しています。今回私の居住するConroe 教育区のSpecial EducationのDirectorのMs.Canonにお話しを伺いましたので、特に当該教育区の内容を中心に現場ではどのように運用されているかのご紹介をしたいと思います。
A: Conroe 教育区の規模感
Conroe 教育区が抱える全生徒数は、58,000人で、毎年1500人ずつ程度増えています。アメリカでは、高校までが義務教育なので、小中高の公立の生徒数が含まれています。ざっくっくりですが、東京都世田谷区の小・中の生徒数が58,000人くらい(H27年学校基本調査)なので、同じような規模感で考えていただけると嬉しいです。ちなみに学校数は高校11、中学7、ミドルスクール9、小学32となっています。
B:人員体制
Conroe ISDでは、Ms.CanonがDirectorで、6名のコーディネーターが配置されています。各コーディネーターには2-3名のサポートスタッフがつくので、全部で15名ほどのチームで対応しているとのことです。それぞれの学校には、Diagnosticianが一名配置されています。Diagnosticianは、個別指導計画作成のためのミーティングの設定、アセスメント、ドキュメンテーション、対応チーム編成など、コーディネーション業務に特化しています。通常クラスの先生は、Region Service Center というところが中心となって研修を行っており、オンライン、オフライン双方での研修が受けられます。通常クラスの先生がDiagnosticianのサポートを得ながら、個別指導計画の教室現場での実施を行います。
C:運用
運用に関する法的フレームワークは、こちらのサイトにまとまっているのですが、ここでSpecial Educationのどのカテゴリーのどの部分に該当するかの評価基準(Evaluation)と、それぞれのカテゴリーに対するチーム編成の必要要件、ルールなどが決められます。
対象年齢は、0歳から22歳までです。0から3歳までとそれ以上の年齢では別のプログラムが用意されています。基本的には、Evaluationとチーム編成ができたら、ARD(Admission, review, dismissal)ミーティングというものがあり、ここで専門家、保護者、教師、看護師、セラピスト、ソーシャルワーカーなどのチームと一緒にIEP(Individual Education Program)を策定します。教室の中での受け入れプラン(Accommodation Plan)はかなり詳細なもので、席をどこに配置するか、どのようにコミュニケーションをとるか、などまで決められます。また、保護者はいつでも、このプランに対し、不服申し立てができるようになっており、教師もAccommodation Planの実行をしないと法律違反となります。日本から来た知人の公立校教師の人にも聞いてみましたが、こちらに来た当初、ここまで徹底して対応するのか、と正直びっくりしたそうです。運用マニュアルはこちらから見れます。
D:評価
Special Education の評価は、州によって違うのですが、テキサス州の場合はPBMAS(Performance Based Monitoring Analysis System)で評価されます。Special Education 対象者の州統一テストの目標点数と実際の点数、どのくらいの時間を通常学級で過ごすのかの目標値、人種別・所得別の割合など、年度目標がそれぞれ提示され、実績を提出します。なお、興味深かったのが、Special Education 対象者比率の目標値が設定されていることです。この目標に対し、実績が多すぎても少なすぎてもダメです。これは、過去の反省からきたそうで、以前この数値が15%とか19%になってしまったことがあったそうです。つまり、教師・学校が思い通りにならない児童・生徒をSpecial Education対象とすることで州統一テストからの除外を含めた責任逃れをしたり、投薬でコントロールしようとするなどの制度悪用がみられたため、専門家が適正な目標値を設定することにしたそうです。現在この数値は、8.5%に設定されているのですが、この数値は図らずも、日本の特別支援学校・学級や通級による指導を受けている子供たちの割合3%に、通級で発達障害など支援が必要と考えられる児童・生徒割合6.5%を足したものに近い数字となっています。(3%と6.5%には重なる部分があるという理解です)
(参考:PBMAS の一部 http://tea.texas.gov/pbm/stateReports.aspx)
E:予算
予算は、40%が連邦政府および州政府から、60%は教育区が負担しています。政府からの予算については、かかわったチームが何時働いたかなどのレポートを提出、給与コーディングシステムにのっとり、支払いがなされます。金額も事務負担もかなりのものがあるのではないかと推察されます。なお、基本的にアメリカの学校は生徒一人当たりの予算がきまっており、Special Education対象者、ESL(英語を第二外国語にする児童生徒)対象者、低所得者に対しては係数があり、一人当たりの予算が増額されるようになっています。
<教室は社会の縮小版である>
Special Education DirectorのMs.Canonは、あった瞬間から太陽のように明るい笑顔で迎え入れてくれ、本当に素敵な方でした。(素敵すぎて、写真を撮るのを忘れ、大後悔です)彼女自身、特別支援の世界に30年いるそうですが、以前はアメリカもSpecial Educationは別に教育されていたそうです。そういった中で、アメリカの教師も対応することが自分の仕事ではないと思っていたため、常に常に教師の業務範囲や責任に関する問題は発生し、非常に困難な道のりだったといっていました。今もそのチャレンジは続いているそうです。
アメリカで8.5%の子どもがSpecial educationの対象目標数値に設定され、日本のデータにも鑑みると、10%弱の子どもが特別支援教育を必要している、ということになります。これは30人クラスでいえば、3人前後いるという計算になります。教室が社会の縮小版であると考えると、こうして多様な個性を持った子どもたちが同じ教室で学び合い、お互いを尊重して支えあう経験は非常に重要なのではないでしょうか。
公立・私立、どちらも良さがありますが、こうして数多くの困難に直面し、でこぼこのある子供たち(+保護者)を前にすったもんだしながらも必死で前に進む公立校は、その環境だけでも本当に尊いものだと心の底から思います。
アメリカでも過去にインセンティブのつけ方で失敗し、今も数々の困難があるといいますが、現場の教師、子ども、保護者を支えるよりよい仕組みづくりの模索を続けること、そして当たり前なのですが、国家としてなにが必要なのかを本質的に考え、必要な予算配分と政策立案・実行がなされることが何よりも重要なのだと、強く感じます。
<お知らせ>
先週前述の教育再生実行会議の九次提言の有識者であった、東京インターナショナルスクール理事長坪谷郁子さんがニッポン教育応援団を立ち上げられ、キックオフに参加してきました。
「子ども教育は未来への投資であり、最重要な国策である」ということを国のグランドデザインとして定め、5年以内に教育財源を倍増することを求めて、Change.org で署名活動をされています。
もし、未来の教育財源についてお考えになる事があるようでしたら、ほんの少しのお時間を使うだけです。こうした小さなことから市民活動に参画されてもよいかと思います。ぜひご検討ください。
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