藤原さとです。
この夏に色々な人から「スパイダー討論」をいう言葉を耳にするようになり読んだ「最高の授業-The Best Class You Never Taught」。先日John Cooper Schoolで英語学科の学科長であり、この本の著者であるAlexis Wiggins先生にお会いする機会があり、お話しを伺ってきました。(実は、John Cooper Schoolは私がアメリカに2017年まで住んでいたThe Woodlands、なんと当時の自宅から徒歩10分くらいのところにあります。本を買って読んで、著者プロフィールを見て驚きました。そんなこともあって、High Tech Highの研修参加でサンディエゴに行ったついでに、Woodlandsを訪れ、ついでにお会いしてきました。John Cooper Schoolは地元でも評判の私学です。)
このディスカッション方式、もともとはWiggins先生が20代のころに勤めた私立高校でソクラテスセミナー方式(1)を使って討論を行う「ハークネスメソッド」に出会ったことから始まります。ハークネスメソッドでは生徒たちが丸いテーブルを囲んで座り、教師も同じ席に上下関係のない状態で座って議論が促されることになります。そして、そこでは参加者すべてに同じレベルの参加が求められていました。恥ずかしがりやの子は発言する努力が求められ、話したがりの子は他の子どもたちが話せるようにすることが奨励されていたのです。
そこで、Wiggins先生はハークネスのやり方、評価、自己評価の観点においてより洗練且つ体系的にする努力を続け、「スパイダー討論」を開発しました。この討論方式をとることによって、教師はもっともっと生徒に主導権を渡すことが出来、生徒たちは問いを良いタイミングで投げかけたり、適切な形で話し合いの流れを変えたり、相手を思いやって間違いを訂正したりすることが出来るようになります。
SPIDERのそれぞれのアルファベットにその要素が含まれています。
S(Synergetic) チームで行う。バランスが大切。チームの成績がある。
P(Practiced) 継続的に練習し続け、振り返りをしっかり行う
I(Independent) 教師の介入は最低限に留める。
D(Developed) 話し合いが深まり、それ自体が進化して常にどこかに向かう
E(Exploration) 単なる話し合いではなく、話し合いをベースとした探究である
R(Rubric) 容易に自己評価できる明快且つ完結な評価基準法がある。
こうした討論をおこなうことによって、生徒たちはよい協力者、聞き手、問題解決者、権力を手放せる者、そしてリーダーに成長していきます(2)。
<さあ、スパイダー討論を始めてみよう!>
スパイダー討論をはじめるにあたっては、まず討論の目標を設定する必要があって、それをルーブリックで示すところからスタートします。「授業を通して生徒たちのどのような学習成果と行動を見たいのか」とゴールから考える逆向き設計(3)の考え方を利用します。
そしてその次にテーマを決めたら、輪になってディスカッションを始めます。今回Wiggins先生にお会いして、iPad のEquity Mapsを使うやり方もあると教えてもらいました。(基本は紙に手描きするので充分です)
PRODUCT: Equity Maps
http://www.equitymaps.com/
先生は輪の中にはいりますが、ディスカッションは基本的に学生が進め、先生はどの生徒からどの生徒に発言が行ったのかについて線を描き続けます。それがスパイダーとなっていくのです。
先生はスパイダー討論用のコードを作成し、下記のようなもの(一部)をその生徒のマークの脇に書いていきます。
○で囲む 話し合いを始めた生徒
★マーク 良い発言
A 突然の話の転換
B ボードに書きだす
C 関連づける(他の意見、世界、テキストなどと)
D 注意散漫
G 軽薄な嫌味な発言
I 人の話を遮る
Q 質問(良い質問、非論理的な質問など細分化マークあり)
RP 他の意見の言いなおし(新しい意見ではない)
X 解釈の間違い
こうしてできるスパイダーがこんな感じです。(写真は先生の最近のスパイダーです)チーム評価が右上にB/B-と書かれ、私のほうで生徒の名前は消し込みましたが、その脇にQやX、C、Tのような記号があるのが見えるでしょうか。
そうしてディスカッションが終わるとこのスパイダーを見ながら皆で振り返りを行っていくのです。下の動画は9年生(中学3年生)のディスカッションの様子です。
https://www.youtube.com/watch?v=jHi06vm5uJk
<日本の実践についてアドバイスをいただきました>
さて、これ以上書くとネタバレになってしまうので、詳しくは書籍を読んでいただきたいと思うのですが、今回Wiggins先生にお会いするにあたって、すでに日本でスパイダー討論を実践されている、中高の先生、中学校の先生、小学校の先生3名に事前にヒアリングをして、Wiggins先生への質問をもらってそのことについて聞いてきました。その一部をここでご紹介したいと思います。
(小学校五年生の教室実践)
Q:ベストなディスカッションのグループサイズはどのようなものですか?
A:私の経験では、マックスで23人から25人ほどまで対応可能です。ベストレンジは16人から18人です。日本のクラスサイズは大きいので、2つや3つに分けてもよいと思います。その場合、フィッシュボールのように2重にするやり方もありますし、1つのグループには自習をしてもらって、もう一つのグループでディスカッションをする、というやり方などがあります。形式にこだわらず色々試してみてください。
Q:どのくらいスパイダー討論を続けると結果が見えてきますか?
A:子供たちの変容を見るには3-6か月から長い場合は8-9か月かかります。スパイダー理論はプロセスであり旅でもあります。一年経つと本当に変化が現れるので、忍耐強く待ってください。なお、評価は形成的評価(Formative Assessment)を中心とし、最終評価は(個人ではなく)チームとして評価するようにしてください。
Q:ディスカッションにおけるEquity(公正性)というものはどのくらい重要なのでしょうか?
A:これは協調してもしすぎないほど重要です。Googleがチームのパフォーマンスを最大限に上げるにはどうしたらいいのか?という課題について行ったリサーチ「Project Aristotle」がありますが、ここでチームのパフォーマンスに貢献するのはリーダーシップのあり方やチームの規範などではなく、チームに心理的安全性 (Psychological Safety)があり、安全な環境で発言の平等性が確保されたチームが一番パフォーマンスが良い、という結果が出ました。これは長年スパイダー討論を進めてきた私にとって、やってきたことがエビデンスとして証明されたようなもので、とてもうれしいものでした。なお、ここでいう公正というのは、全員が同じということではなく、全員が何か価値のあるものをチームに差し出すことが出来たと感じられる、ということです。
Project Aristotle
https://rework.withgoogle.com/print/guides/5721312655835136/
プロジェクトアリストテレス
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48137
Q:振り返りで気をつけることはどのようなことでしょうか
A:私の振り返り(Debrief)はフレンドリーで安全なものであり、子供たちをエンカレッジさせるものです。たとえば、I(Interrupt/人の話を遮る)ようなマークが沢山ついた子がいても、そのことをみんなで和やかに笑って話し合えるような環境づくりです。なお、マークをつけることを含めたスパイダーのマップを実際描く役を日本の例では生徒にさせているようですが、私は必ず自分が(も)やるようにしています。なぜかというと生徒がすると親しい友達に★をつけたりすることがあるし、発言に対する評価については私のほうが経験があるからです。生徒にスパイダーを描く役割を与えることもありますが、裏では必ず私もスパイダーを描いています。日本の学級で生徒数が多くて先生がスパイダーを描くことがかなわない場合は、ルーブリックと議論の目的について生徒たちが深く理解できるように、注力しましょう。
<インタビューを終えてー非認知能力の重要性が高まっている>
最近アメリカでの教育の先端で、変化が起きていると感じています。Wiggins先生も、過去アメリカの子どもはとにかく発言することを求められ、それに対してポジティブな承認をしてきた経緯があるが、先生のクラスではそういった発言の全てがMeaningful(ディスカッションに寄与する)ものではない、とはじめに明言していると言っていました。また、テキサスに来る直前にSan DiegoのHigh Tech Highでも研修を受けましたが、プロジェクト型学習のアウトカムをさらに良くするためのお互いの批評(Critique)に於いて、生徒たちはspecific(明確/特定的であり), helpful(助けになるもので) kind (優しい)フィードバックをすることがプロジェクトで求められていました。
もともと討論というとディベートなど勝ち負けのあるものが好まれてきましたが、チームとしてのパフォーマンスを高めるための新しいやり方が広まっています。
最後に。GoogleのProject Aristotleによるとそのチームの平等な貢献は「仮面を被った私」ではなく「本来の私」としてでなければいけないそうです。だからこそ安全な環境が必要だと。日本の学級もこうした意味での「安全な環境」におけるディスカッションの場が広がっていってほしいと思っています。
(1)ソクラテスセミナー(メソッド)
ギリシャの哲学者ソクラテスの対話を利用したセミナー方式。ロースクールなどでよく使われており定義が複数あるが、問いを基軸としたオープンエンドの探究であり、あるトピックやコンセプトに対して、より深い理解を目指していくものという記述が多い。
(2)「最高の授業」アレキシス・ウイギンズ 吉田新一郎訳 新評論(P18-19)から適宜要約させていただいています。本文の討論用コードなどでも訳を利用させていただいています。
(3)「理解をもたらすカリキュラム設計―「逆向き設計」の理論と方法
ウィギンズ,グラント、 マクタイ,ジェイ をご確認ください
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