2016年4月24日。
ポラリスこどもキャリアスクール3期、第1回のプログラムを実施しました。
第1回のテーマは「救急医療」。
今回のポラリスナビゲーターは、関東労災病院の救急医療の現場で医師として働く遠藤拓郎先生です。 (遠藤先生のプロフィールとインタビューは>>こちらから)
ドラマなどで伝えられる救命救急室の姿はとても格好いいものです。でも、その姿を支えるのは、医療に携わる人たちの日々の地道な努力と研鑽です。そして、重症な患者さんを扱い、時間のない救急現場は、いつもいつもハッピーエンドとは限りません。限られた情報と時間のなかで、時には医師も患者家族も重い判断をしなければならず、そこに葛藤が生まれます。
今回は、はじめに医療の現場、特に救急医療の現場で何をしているのかを学んだ後、実際に重篤な状態に陥り呼吸がしにくくなった人に対して、呼吸を助けてあげるための医療処置(手技)“気管挿管(きかんそうかん)”を体験しました。呼吸が止まってしまえば、人は死んでしまうため、大変重要な手技となりますが、一方で、回復がままならない場合は、人工呼吸器をつけたままとなり、その後の人生に大きく影響が出ます。
プログラムの後半では、その現実を知った上で、患者家族の側の目線に切り替え、どう判断するかをグループファシリテーターのサポートのもとでお友達と話し合い、プレゼンテーションを行いました。
(遠藤先生の講義)
気管挿管の実技では、みんな真剣。「苦しそうかな」「口の中って狭いね」「気管の穴ってとても小さいんだね」といいながら、その難しさを実感し、またその治療を受ける人の気持ちまで思いをはせました。
(遠藤先生に気管挿管を実際に教えてもらいます)
(遠藤先生のお友達、聖路加国際病院の水野先生も教えてくれます)
後半のディスカッションでは、「痛いかもしれないけど生きていける。(気管挿管)はやったほうがいい。」「でも、最後まで苦しみ続けることになる」「植物状態はいやだ、死んでいるのと一緒」「これは多数決の問題じゃない」とそれぞれの考えを自分なりに伝え、みんなの意見を聞きながら、グループとしての意見を纏めていきました。
(家族が救命救急室に運ばれたら?命の選択について考え、発表しました)
命について、沢山考えた3時間。遠藤先生、そして当日サポートで来てくださった水野先生、ありがとうございました!シミュレーターなどの機器の貸し出しについてご協力いただきました関東労災病院の方々にもこの場を借りて深く御礼を申し上げたく思います。ありがとうございました。
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ここから下はプログラムの詳細です。具体的なプログラムの流れや発言、プレゼンテーション内容などを見たい方はぜひご覧ください。
<お医者さんて何をする人なんだろう?>
プログラムではまず、みんなが“お医者さん”という言葉から皆が何を想像し、“医療”をどのようにとらえているのかを聞くところから、ポラリスのメインファシリテーターのもとでスタートしました。
「優しい」「すごく重い役目だよ。」「一つ間違えれば人の命が。。。」「もともと頭良い」
「大変、だって急に患者が来るかも。」「一つのことに集中していそう、例えば手術とか。」
「人の命を助ける。」「手術とか診察とか。」「人の命だけじゃないよ、獣医さんもいる。」
「人の心も助ける。」(というと?)「精神科のお医者さん」
では、お医者さんに助けてもらったことはありますか?
「小さいころ心臓の左の心室に穴が開いていてふさいでもらったよ。」
「お母さんがアレルギーで大変なとき助けてもらった。」
お医者さんについては、みな、それぞれかなり具体的なイメージや体験があるようですね。
<救急の現場について学ぶ>
実際にはお医者さんは、どんな人で 現場でどんなことを考えながら どんなお仕事をしているのでしょう。遠藤先生に教えてもらいます。
遠藤先生が働いているのは関東労災病院。病院の写真や救急車の写真を映し出しながら、現場のお話しをしてくださいました。また、具体的に現場の様子がわかるようにテレビで実際に放映された救急についてのビデオを流します。救急に運ばれた患者さんに対してお医者さんが脳梗塞を疑い、MRI撮影を手配するもの。
ビデオをみて、早速子供の中の一人が「MRIって何ですか?」と聞きます。
また、救急車に乗ったことがあるかを皆に尋ねると、何人かは経験があるようです。
「校庭で遊具に頭をぶつけて怪我をした時乗ったよ。」
「家族がアレルギーの症状で運ばれた時に乗った。」そんなやりとりで、現場に対するイメージを膨らませていきました。
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次は、実際のケースを扱って、みんなで考えていきます。遠藤先生が、運ばれてくる患者さんの様子を説明します。お風呂でおじいさんが倒れて、お話しできない、頭の中をCTでみたら、脳で出血していたことがわかる。呼吸もきちんとできていないということが分かりました。
このままでは死んでしまう。この場合、まず、呼吸を助けるために、何をしなくてはいけないんだろう。
「酸素マスク?」
肺や心臓って言葉は知っているよね。気管挿管という言葉は知っている?
「気管挿管?」「聞いたことある。」
「気管挿管」とは、患者さんの急変時や心肺蘇生時、空気の通り道を確保するために気管チューブを挿入する方法です。
まずはその気管挿管を実際に見てみます。
<気管挿管を実際に体験してみよう!>
ここで、 実際にお医者さんがトレーニングで使う本格的な模型で、先生による気管挿管の実技を見学したあと、実際にみんなで体験してみます。
「のど痛くないの?」 実際は眠る薬を使っているんだって。
気道を確保してチューブを入れて、人形の肺が空気で膨らみます。大成功です。
自分たちでやってみる前に、もう一度お人形の口の中を覗き込みます。気管は見えるかな。
「(口の中って)狭い。」「気管の穴って、とっても小さいよ。」
実際にチューブを挿管しようとすると、さらに口の中が全く見えない。
「難しいね。」「全然、見えないよ。」
誤って気管の入り口の近くのの食道に管を入れちゃうと、肺の代わりにお人形の胃が膨らんじゃう。
遠藤先生のお友達、聖路加国際病院で働く水野先生も今日は来てくださり、教えてくれました。
<気管挿管をしない選択もあったの?>
さて、休み時間を挟んで、遠藤先生のお話は続きます。
先ほどは、脳の手術もできて、めでたしめでたしのケースでした。、今度は右の写真のように脳の出血部分がもっと大きい写真、何もしないとこのまま亡くなってしまうケース。
本人は意識がありません。付き添ってきたおばあちゃんは「わたし、決められない。」もう一人の付き添いの大学生の孫も決められなくて、お父さんに電話する。これは珍しいことでなく、現場ではよくあることです。
挿管すると、呼吸ができるようなり、その後手術が出来る。
でも、もし、手術した痕も自分で呼吸できるようにならない可能性はある。、その時にはずーっとチューブにつながれたまま。話すこともできない。意識が戻らなかったら呼吸のできない状態が続く。その時にチューブを外すことはできない。それは日本の法律で禁じられていること。
10年後 おなじ事が起きたら身近な家族に起きたとしたらどう考えたらいいのだろう?
挿管をお願いする?その理由は?
理由も「本人の立場から」「孫の立場から」「お医者さんの立場」からでは違うよね。
そして、今回は意見が対立したら、それについても考えてみよう。
さらに10年後 「どういったもの」があれば困らないのかな。
ここで、グループに分かれて、家族として気管挿管を 「するか」「しないか」の判断についてディスカッションをしていきます。基本的にはグループで一つの意見を纏めるように話し合いますが、もし意見が合わなかったら、そこについてもプレゼンテーションで発表します。各班にはファシリテーターがサポートに入りました。
「痛いけれど生きていける。やったほうがいいんじゃないかな。」「(気管挿管すれば)その後手術ができるよ」「やったら、命が助かる可能性があるよ」「いろいろしてもらったので恩がある。生きていてほしい」「生きているなら、なんでもOK、たとえチューブが入っていても」「(気管挿管すれば)その後手術がきるよ」
「でも、最後まで(家族もおじいさんも)苦しみ続けることになる」「植物状態はいや、死んでいるのと一緒」「永遠につけているのはかわいそう。」などなど
簡単には、結論が出ません。多数決で決めようという子もいれば、「数の多さの問題ではないことだよ。」という意見も。「本人の意見が聞ければいいのに!」
<プレゼンテーション>
そして、いよいよ発表です!各班の発表は以下の通りとなりました!
◆1班
1班はカラフルなポストイットも活用して見やすく発表してくれました。
結論は「する」で、理由は命が助かるから。
対立した意見は「植物状態で生きているのはいやだ」「自分のおじいちゃん、おばあちゃんだったら植物状態になっても生きていてほしい。」
10年後良い方法はないの?の質問に「ドラえもんのポケットから出した道具を使って」
◆2班
2班はカラフルなポストイットを使い、おじいちゃんおばあちゃんの立場 孫の立場、お医者さんや救急隊の立場に明確にわけて発表を考えてくれました。
おじいちゃんおばあちゃんの立場だったら5人一致で「してほしい」になりました。
「命が助かるなら」 でも、孫の立場だとそれは、するしないは、4対1になります。「苦しめたくない、楽にしてあげたい。」「もっと生きて一緒にいろいろやって欲しい。」「しゃべれなくても手話とかあれば」
お医者さんの立場ではするしないは、「家族の選択に任せる。」「ミスしたらたら家族が悲しむし」
◆3班
する4人しないは1人でしたがここで大事なことは「多数決では決まられないことだ」ということを皆で納得したこと。
「やったほうが助かる。」「いや、最後まで苦しみ続けるのは」この意見は確かに多数決で決められることではないですね。
そして10年後にあったらいいものは、
「(意識がなくても)本人の意見、気持ちがわかるもの」
「生き返らせてくれるもの」
◆4班
4班は別の結論です。するしないは1対4。この班は「しない」という結論を出しました。
「今回のケースでは助からない可能性が高い」「チューブがささったままでは本人も自分も嫌だから。」
でもきちんと確率でも考えていて、50パーセント以上なら助ける。
お医者さんの立場では「できるなら助けたい、でも、やはり家族の意見を尊重したい。」
10年後にできることの中で
「今から、もっとお話ししておけばよい。」
質問で植物状態になったらと聞かれたら「神様にいっぱい祈る。」と答えもありました。
遠藤先生から みんなの発表を聞いての講評をいただきました。
十分にディスカッションが十分にできていると思います。答えは「ひとつ」に決められるものではなく、実際のの医療現場でも同じです。10年後のよい方法で「ドラえもんのポケットから道具を出す。」と答えた班もあっりましたが、確かにドラえもんの道具のように、今は不可能とされること、具体的に言えば一度ダメージをうけた脳細胞がまた元に戻ることができるとよいですね。神経細胞再生の可能性について日々研究をしている先生方も大勢います。IPS細胞って聞いたことあるかな。10年後は無理かもしれないけれど、何十年後かにはできているかもしれないですね。今回、救急そしてその中の医療スタッフ・患者・患者家族の葛藤から人の命について考えてきました。重いテーマですが、みんな真剣にディスカッションをし、沢山考えてくれました。
遠藤先生、そして水野先生、ありがとうございました!
<プログラムレシピ>
セントラルアイディア:医療は葛藤を抱えながら進歩を続けている
探究の流れ:
- 身近なところから考える医療の仕事
- 人の命を救う医療技術
- それぞれの立場から考える「生きる」と「どのように生きたいか」の葛藤