home > Blog > スタッフブログ > 「前例のないものに取り組むことを過度に恐れないこと、それを楽しむこと」遠藤拓郎医師 インタビュー

 

今週末よりポラリスこどもキャリアスクール3期がスタートしますが、4月24日(日)第一回のプログラム「病院救急 – 最前線救急の実際を探究しよう!」のナビゲーターとなっていただく、遠藤拓郎先生にインタビューしました。

現在は救急医療の最前線で活躍されていますが、以前はビジネスコンサルタントや医療でも在宅医療など他分野で多様な経験をされてきました。そうした過去の経験も踏まえて、今どのように医療の仕事を捉え、今後どういう風にされたいか、そしてご自身の子どもや学生時代のお話もしていただきました。プライベートでは3人のお子さんのお父さんでもあり、子どもに対する柔らかい気持ちが伝わってきます。

素敵なインタビューとなりましたので、是非ご覧ください!

 

<遠藤拓郎先生 経歴>

遠藤 拓郎医師  関東労災病院 救急総合診療科

名古屋大学医学部卒業。病院勤務後に2006年よりマッキンゼー・アンド・カンパニー勤務。2009年より株式会社メディヴァとその姉妹法人である医療法人プラタナスに勤務。2013年より現職。救急専門医取得過程。内科認定医、ICLSインストラクター、JATECプロバイダー、FCCSプロバイダー。一般社団法人臨床プラスアルファ代表。

 

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こたえのない学校: 先生のお仕事について教えてください

遠藤先生(以下敬称略): 病院の救急総合診療科で、救急外来と病棟業務をしています。

 

こたえのない学校: 先生は今年の1月から3か月東日本大震災で影響を受けた福島県いわき市の病院に派遣され、救急と内科病棟を担当されていましたが、そこで感じた事や思ったことはありますか?

遠藤:  前任者のいない勤務地への派遣だったので、地域や病院で必要とされることが何なのかを意識しました。震災の影響もあり、地域として医師・看護師などのコメディカルも減って機能縮小をやむなくしていたこともあり、活気をもたらすとか、なんでもよいので少しでも良い影響を残して帰りたいと思いました。

日中、夜間のERを主に担当し各診療科に依頼できる疾患は依頼をし、診断ができない場合や感染症などはそのまま自分で病棟担当をしました。また、重症の呼吸不全などで直ぐに挿管が必要な症例なども担当しました。ER、重症患者、一般内科病棟管理、在宅診療についてこれまでトレーニングを受けてきたので、普段の業務をそのままやった感じです。

できれば見える形で結果が残せると良いと思っていたのですが、入院患者数が震災後マイナスだったのが徐々にプラスに転じて昨年を超えて、時には一昨年の数字を超えたときもあったようです。もしかすると、ここでも救急総合診療という機能が病院全体の潤滑油的な役割になるのかもしれないと思いました。

 

こたえのない学校: 先生は医師としてのキャリアをスタートされた後、マッキンゼーを含めた民間のコンサルティング会社で働かれ、その後また医師の仕事に戻られていますが、こうした経験は今の仕事に役立っていますか?

遠藤: とても役立っています。マッキンゼーに入ったのは10年前だったのですが、その時に「こういうことができれば世の中の役に立つのだろうな」と思っていたイメージがあるのですが、最近はそういったところにようやく手の届くところまできたかもと思います。それがスタートラインでもあるのですが。課題解決の仕方であったり、業務改善や組織診断の活用ということなのですが、医療においても基本に忠実にやることでしっかり結果が出るというのが実感です。

 

こたえのない学校: 今後の目標はありますか?

遠藤: 臨床医、特に救急ER医師としてのステップアップを図りながら、マネジメントの分野でも貢献していきたいです。まだまだ積み上げて行きたい。

短期で自分のような医師が育つことはない。教わったことを形式知にして伝えていくことが大切と思います。そうして、臨床の現場が盛り上がりを見せていくとよいなぁ、と思っています。

 

こたえのない学校: 仕事をしていく上で、意識してらっしゃることはありますか?

遠藤: 解なき問いにこたえること、前例のないものに取り組むことを過度に恐れないこと、それを楽しむことでしょうか。「前例がないからできない」「これまでやっていないからやらない」というような発言はよく耳にするのですが「こうやったらできるかもしれない」というところにヒントがあります。

結局、道が引かれていることというのは、既にやられていること。医療もそれ以外であっても、今散在している問題は道がないから誰もやらなくて課題として延々と残ってしまっている側面がある。そのようなところに向かって仕事を続けていきたい。

 

こたえのない学校: 急に話題を変えます(笑)小さなころはどんな子どもでしたか?

遠藤:サッカーをしていました。週3回サッカークラブに行って、3歳上の兄がいたので、後ろをついて行っていろいろ教えてもらっていました。4歳上の姉もいたので、ちょっとした日々の疑問も聞くと答えてくれました。そういった相手がいたからかもしれませんが、疑問がわくとすぐに「なんで?」って聞く子供だったようです。兄も姉も、そして親も分からないときには、分からないとあっさり答えてくれたと思います。世の中には分からないことがあるんだな、と早い段階で思って育ったと思います。「分からないんだったら自分で考えてみろ」とも言われていました。

 

こたえのない学校: いつ頃から医師になろうと思い始めましたか?

遠藤: 祖父も父も医師だったことは影響したと思います。医師という仕事がやりがいのある仕事ということは間違いがないと見ていて感じていました。大学受験で学部を選ぶときに、それ以外の職業に対する理解があまりなかったので、結果として医学部を選んだということになるでしょうか。ただ、実は物理が好きでした。そのときにアドバイスをしてくれる人がいたり、また、その時代は難しかったわけですが、今のようにインターネットでたくさん情報を得ることができていれば違う選択をしたかもしれません。

 

こたえのない学校: 一旦医師になられてから、別の仕事をしようと思ったのはなぜですか?

遠藤: 大学の初めの頃に脳外科医になろうと決めました。ただ目が悪くなってしまった。落胆しました。そのときふと医学である必要もないんだな、と頭を切り替えました。そうしたら、いろんな選択肢が見えて来ました。コンサルティング会社に行くという決定をしたときには、医療側の人の大半には反対されたわけですが、先にお話ししたように、医学の世界に戻ってきてもその経験が生きています。当時は医療の世界にそういったノウハウを持ち帰ることを話してもそんなことできるわけないと言われ、であればやって見せるしかないと思ったのを覚えています。今もその気持ちに変わりはないです。

 

こたえのない学校: 遠藤先生は3人のお子さんをお持ちですが、子育てにあたって、意識していらっしゃることはありますか?

遠藤:あまり深く考えたことはないというのが正直なところですが、あえていえばそうですね、休みのときには一緒に過ごす時間をできるだけ持つことでしょうか。

本人がやりたいことをやればよいし、やりたいと思ったときにハードルを越えないとできないこともあるので、そういったハードルを乗り越えていけるだけの力が子供の頃に備わると良いなとは思います。

 

こたえのない学校:今の小学生へのメッセージはありますか?

遠藤: 外で元気に遊びましょう!(笑)

 

遠藤先生、ありがとうございました!

 

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※ポラリスこどもキャリアスクール3期の2回目のナビゲーター杉本真樹先生のインタビューも併せてぜひご覧ください!

http://kotaenonai.org/blog/sugimotomaki-interview-201603/

 

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