障がいがあっても「たのしさ」で繋がる共生社会へ −エグモント・ホイスコーレン訪問

8月中旬にデンマークに行ってきました。千葉で里山をコモンズ(共有財産)として、コミュニティづくりをしている人たちが企画した旅に便乗し、ユネスコ世界遺産を目指すレス島の海藻茅葺の家やエコビレッジなども見に行ったのですが、私自身の主目的は、昨年スタートしたインクルーシブ教育推進のFOXプロジェクトに絡めて、誰もが「ノーマル」に生きることができる共生社会を実現するという、ノーマライゼーションの発祥の地デンマークのインクルーシブ教育・社会の現状の視察。行ってきたのは以下の2箇所です。

 

1)Hertha Community (ハーサ・コミュニティ)

https://www.hertha.dk/en/frontpage/

シュタイナーの人智学の思想をベースとし、肉体として障害があったとしてもすべての人は等しく社会にかけがえのない資質をもつという信念から、だれしもが社会の基盤を共有した方がお互いにとって良いとする“リバース・インテグレーション”という思想で、30名の知的障がいを持つ人たちが(いわゆる)健常の人たちと一緒に生活する150人の村。

こちらの記事が参考になります)

 

2)Egmont Højskolen (エグモント・ホイスコーレン)

https://www.egmont-hs.dk/

19世紀のデンマークの詩人・思想家グルントヴィが理念を提唱し、デンマークの民主主義普及に大きく貢献した18歳以上の寄宿舎型成人学校(フォルケホイスコーレ)の一つ。フォルケホイスコーレは大学とは一線を画し、アートや福祉、政治、スポーツなどのテーマを持つ。その中でもエグモント・ホイスコーレンは重度の障がいを持つ生徒が、自分のヘルパーとなる学生を面接し、19週間から24週間を一緒に過ごす特徴を持つ。

 

今回はまず、エグモント・ホイスコーレンについての報告です。

 

【特別な支援が必要な生徒と一般学生が一緒に学ぶとは?】

 

エグモント・ホイスコーレンはコペンハーゲンから電車、2本のローカルバスを乗り継いで4時間ほどのところにあるホウ(Hou)という海のそばのとても美しい小さな町にあります。訪問した8月15日は、8月はじめから19週間(5ヶ月弱)のコースがスタートして2週間で、オリエンテーションが終わり、ちょうど授業がスタートしたところでした。今回、同校の教師であり、日本人学生の受け入れなどさまざまな取り組みをされている深澤りえこさんに、校内を案内していただきましたので、その内容を中心に纏めます。

 

今期の秋コース(19週間)に在籍している生徒数は217名。そのうち、ヘルパーが必要な重度の障がいがある生徒は40名程度、ヘルパーが不要な軽度の障がいを持つ生徒も大体同じくらいです。障がいのある生徒とない生徒の割合は健常者6割、障がい者4割というところでしょうか。ちなみに重度の障がいというのは、筋ジストロフィーなどの遺伝性疾患、脳性麻痺などの運動機能障害、自閉症などの発達障害などさまざまなケースがあり、人工呼吸器をつけている生徒もいます。基本的には重い障がいのある生徒も分け隔てなく可能な限り受け入れるというスタンスを取っているそうです。年齢的には、地域の高校もしくは特別支援学校を卒業後した20歳前後の生徒が中心で、障がいのある生徒はここで数年を過ごし、地域社会で自律して生きていくための準備をします。

 

フォルケホイスコーレは通常入学試験がありませんが、エグモントに関しては、障がいを持つ学生が自分のヘルパーとなる学生を面接して、選考します。8月からのコースに関しては、5-6月にかけて面接し、ヘルパーとして選んだ学生と、コースの間の4-6ヶ月を共に過ごします。

 

まず見学したのがクライミングの授業。大きなスポーツホールにはボルダリングの壁があって、いつもは車椅子の学生も上から釣り上げられながらもできるだけ自分の手と足を使って、体を動かします。サポートするのは教員アシスタントです。

 

 

次に見せてもらったのが、プールの授業。25mプールで、ビート板に乗って、チームで速さを競い合っていました。大きなウオータースライダーがあって、なんと車椅子の生徒も、リフトを使ってスライダーに乗れます!!すごい。理学療法ができるジムでは何人かの生徒が、筋力をつける運動をしたり、理学療法士さんがきて、マッサージを行っていました。

 

 

ガラス細工のクラスでは、障がいを持った生徒もそうでない生徒も一緒にアート製作に取り組みます。

 

 

とても素敵な中庭があって、ソフィーエが一人でお散歩していました。ソフィーエは20歳、脳性麻痺及び脊椎側湾症がありますが、にこにことリラックスした感じ。

 

 

自己表現のダンスのクラスや、ヨガのクラスもあります。中庭で、生徒たちは花のモチーフを身体でつくっていました。

 


5分も歩かないうちに、とても綺麗な海があります。

 

 


桟橋にはリフトがあって、車椅子でもこのまま海に降りれるのです。すごすぎます。。

 

 

放課後の時間、生後2週間で脳出血をして、その後2歳と19歳の時に心臓停止して死にかけたとというトーマスと食堂で雑談しました。セーリングが好きだから、世界一周旅行をしたい、音楽が好きだから自分の作曲したものを今度Spotifyにアップするから聞いてよ!との楽しそうでした。車椅子に乗っていますが、夢いっぱい、元気いっぱい。

 

 

 

【エグモント・ホイスコーレンはどうやって今の形になったのか】

 

実は、エグモント・ホイスコーレンを訪れる前にホームページのビデオも見ていたのですが、きっといい部分だけ切り取ったイメージ映像だろうと少しナナメに見ていました(ごめんなさい)。しかし、行ってみたら、本当にみんなが笑顔。明るい雰囲気が満ち溢れ、設備は素晴らしいし、驚くことだらけでした。

 

こうした学校運営を支えるのは、校長・副校長を含めて約130名のスタッフ。正規教員が30-35名程度、教員アシスタントが30名程度、14名の常勤ヘルパー(学生ヘルパーとは別に、24時間体制で夜間の体位変換やおむつ交換などを担います)、キッチン・清掃・事務などで構成されます。常勤の医師や看護師はいません(!)。たとえば、てんかん発作が起きた場合などは、病院と連携しているので、救急車を呼ぶプロトコルがあり、対応しているとのことです。とにかく全てを完璧にすることよりも、人が人として自立して生きることを優先させるそのスタンスは大きく日本と違うと感じました。

 

では上述の面接された学生ヘルパーはどうしているかというと、メインの科目、モジュール科目を受けながら、週に2−3回ヘルパーの仕事がアサインされます。障がいの重さによって、一人につき3名前後、最大5人の学生ヘルパーがつきますが、高校を卒業したばかりで、特に医療・看護や福祉系の学校の経験のない学生であっても、人工呼吸器の対応や痰の吸引などもやるとのこと。また、障がいのある女子学生が異性のヘルパーも含めて選ぶことも普通で、その場合生理のナプキンの取り替えを男子学生ヘルパーがやることもあるそうです。

 

学生ヘルパーであっても、通常の授業はしっかり受けられます。メイン科目は、アウトドア、カヤック、セーリング、陶芸、テキスタイル、音楽、eスポーツ、心理学など20科目ほどあり、その中から必修として2つ選択します。その他、短い時間のクラブみたいな感覚のモジュール科目もあり、映画の歴史、ヨガ、みんなのギターなどが選択できます。いずれも、いわゆる「福祉系」の科目ではなく、障がいがあってもなくてもフラット且つ真剣に一緒に取り組める「何か」が授業になっている設計には唸らされました。エグモントをテーマにした映画「リース遠征隊」はトレーラーを見るだけでも、ワクワクするものがあります。

 

 

こうした、エグモント・ホイスコーレンですが、設立は1956年。自身も脳機能障害を持ち、車椅子だったオルフ・ラウス(Oluf Lauth)が障害者のための高校をつくろうと決心し、高校生39名、中学生23名でスタートします。その取り組みは評判となり、徐々に生徒数が増えていきます。また、1960年代からデンマークのバンク・ミケルセンが提唱したノーマライゼーションの考え方が広まり、障害があっても、高齢者であっても安心して社会に参加して、地域で暮らせるような基盤を整えていく共生社会の実現に向けて仕組みが整えられていきます。

 

そしてこの学校を、国内でも最大規模のフォルケ・ホイスコーレとして、障害者との取り組みにおいて、全国に知られる学校に成長させたのが、オルフ・ラウスの息子であるオーレ・ラウス(Ole Lauth)です。まさにオーレ・ラウスが、ノーマライゼーションの機運を受け、障がいのある生徒がヘルパーとなる学生を専攻して一緒に過ごすという逆向きのインクルージョンともいえる現在の学生ヘルパーの仕組みを整えました。1992年から2020年まで27年間校長を務めましたが、その間に生徒数は80名から210名に増え、スライダーも完備したVandhallaという大きなプールや、フルサイズのスポーツ施設などさまざまな設備が整えられていきました。教育省の重鎮でもあったそうです。

 

オーレ・ラウス校長

 

【デンマークのインクルーシブ教育って?】

 

このように素晴らしい仕組みと施設を備えたエグモント・ホイスコーレンですが、最後に全世界的なインクルーシブ教育の流れと、日本の特別支援教育と取り巻く環境、そしてデンマークのインクルーシブ教育の概観について、ごく簡単に触れて本稿はおしまいにしたいと思います。

 

まず、世界におけるインクルーシブ教育は1994年のサラマンカ宣言と、2006年の障害者権利条約の2つの国際法が大きな柱になっています。サラマンカ宣言では、「Schools for all」「Education for all」の推進を目的に話し合いがなされ、宣言では「すべての子どもは誰であれ、教育を受ける基本的権利をもち」「特別な教育的ニーズを持つ子どもたちは(略)通常の学校にアクセスしなければならず」と明言されました。そして「このインクルーシブ志向を持つ通常の学校こそ(略)すべての人を喜んで受け入れる地域社会を作り上げ」る、と明記されました。(M, p65-66)

 

また、2006年に国連で採択された「障害者権利条約」は、日本も2014年に批准していますが、障害者が障害に基づいて一般的な教育制度から排除されないことが大事であり、インクルーシブ教育の実現のためには、「通常学校の文化、方針、および実践を変革する」ことが要請されるとしています。日本では1970年に「障害者基本法」が成立し、「国及び地方公共団体は、障害者である児童および生徒と障害者でない児童および生徒との交流および共同学習を積極的に進めることによって、その相互理解を促進しなければならない」と定めており、比較的早い段階から統合教育の模索はされました。しかし東京大学の小国喜弘教授は、実質的には「分離別学」となっており本来のインクルーシブ教育が目指す包摂性とは違ったものではないか、と指摘します。(M,p70-76)教師教育の文脈では、2019年度から教職課程において「特別の支援を必要とする幼児、児童および生徒に対する理解」を深める「特別支援教育総論」が必修となっていますが、まだまだ特別支援コアカリキュラムの内容は議論されています。

 

そしてデンマーク。デンマークは、よく知られているとおり、北欧(ノルディック)モデルの高福祉高負担国であり、ノーマライゼーション発祥の国です。ただ特別支援学校そのものをなくすフルインクルージョンのイタリアとは違って、特別支援学校、地域の学校に併設する特別学級、通常学級の中のインクルーシブという形態は日本と似ています。一方で、ペタゴーという個々の人間性や個別性を見抜いてそれぞれに合った究極の個別ケア技術「ペタゴキック」を身につけた専門職が、保育園や幼稚園、地域の学校、特別支援学校、高齢者施設などで活躍しています。デンマークでは旧来は障害のある子どもと健常児を分けて教育する分離型教育システムでしたが、1961年代以降ミケルセンのノーマライゼーション理念の普及にしたがって、統合型(インテグレーション)の教育が理想であるという考え方が根付いたそうです。一方で、1980年代になると地域の学校で障害のある子どもが強い挫折感や劣等感を味わうというような事例がみられるようになり、特別支援教育の見直しが図られるという振り子現象が起きているようです。(D, p313-314)

 

エグモント・ホイスコーレンの深澤先生も、課題がないわけではないと言います。たとえば、デンマークでも特別支援学校(高校)を出た後に、障がいを持つ生徒たちの行く場所がなくなったり、孤独になってしまうという問題はあり、エグモントはその1つの回答ではあるものの、人気があって、2−3年待ちであるし、楽しいエグモントの生活を経験してしまった先の出口がなかなかないという問題もあるとのこと。また、デンマークの特別支援全体の話としても、安易なインクルージョンによって、障がいを持つ子、勉強をどんどんしたい子双方にとって良い結果とならないケースも指摘されており、検討が続いているとのことでした。

 

とはいえ、たくさんの笑顔を見た今回の訪問。「特別支援」は「やらねばならぬ」とついつい眉間に皺が寄ってしまいますが、「障がい」で繋がるのではなく、さまざまなアクティビティを通じて、お互いが学びあい、楽しい時間を過ごすという場づくりが可能であるという確信を持てたのは、今回の私の大きな収穫となりました。また、今回日本からきていた留学生の皆さんとも交流させていただいたのですが、「福祉」を学ぶということ以上に、新しい環境にチャレンジして、自分の将来や社会についてさまざま考えていることを知ることができました。そもそも「特別支援」や「福祉」は机に座って本を読んで学ぶことなのだろうか、そんなことよりもまずは当事者に触れ合って、よい経験をする中で、身体で学んでいくことのほうが近道なのではないか、そんなことを感じた訪問となりました。

 

FOXプロジェクトはまさに、どんなに重い障がいがあってもお互い学び合い、一生にわたっての「ともだち」関係が築けるという信念に基づいて、活動をスタートしました。これからの展開を楽しみに頑張りたいとおもいます。

 

(ハーサコミュニティについては、シュタイナーの思想をもう少ししっかり読み直してからまとめたいと考えています。少し時間がかかるかもしれませんが、よろしくお願いいたします)

 

<参考文献>

「デンマークにおけるインクルーシブ教育の実際―フュン県及びオーフス県近郊の現地調査からー」是枝喜代治ほか 「ライフデザイン紀要」 13巻 2018年 東洋大学学術情報レポジトリ (文中D)

 

「デンマークの高齢者ケアにおけるペタゴーとペタゴキックの実際〜ノーフュンス・ホイスコーレにおける視察を通して」天使大学紀要 vol.22 No.1, 2021

 

『ヨーロッパのインクルーシブ教育と福祉の課題』黒田学 クリエイツかもがわ

 

『みんなの学校をつくるために〜特別支援教育と問い直す』木村泰子・小国喜弘 小学館(文中M)

 

<関連ブログ>

 

発達障害等の子はどう過ごしている?アメリカ公立校の特別支援教育の現場

https://kotaenonai.org/blog/satolog/1724/

 

多様な個性が生かされる教育、インクルーシブ教育について考える

https://kotaenonai.org/blog/satolog/1399/

 

デンマークの「生のための学校」フォルケホイスコーレってどんなところ?

https://kotaenonai.org/blog/satolog/4958/