生活科・総合的な学習 (その3:伊那小・中の学校経営)〜私たちの教育のルーツをたどる(19)

昨年2月に伊那小学校を訪問させていただきました。そのご縁でわたしたちのLearning Creator’s Lab(LCL)で武田先生にお話をお伺いすることが叶ったのですが、この内容をLCLで留めておくにはあまりにもったいなく、今回その内容を4回に分けてご紹介したいと思います。今回はその第3回目(その1、その2はこちらから)。伊那小学校校長、伊那中学校校長を歴任され、現在信濃教育会会長をされている武田育夫会長の伊那中学校時代の教頭保科潔先生(現穂高東中教頭)に、どのような学校づくりをされているかをお伺いし、その後武田先生、馬淵先生、佐々木先生、そして、軽井沢風越学園でも連携で2年過ごした石山れいか先生も含めて、ディスカッションをしていただきました。

 

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「ヤギを飼っているらしい」とか、通知表がない、チャイムがない、ということで、探究する学びを実践したい先生たちの中で、知るひとぞ知る長野県伊那市立伊那小学校。昭和31年から従来の通知表が廃止されました。1998年の学習指導要領が「総合的な時間」を設定するよりもはるか前の1978年から40年以上子どもの意欲や発想に基盤を置く総合学習実践を行っており、毎年教師と子どもたちが探究するテーマを決め、3年間にわたってゆっくりと深く学んでいきます。

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【学校づくりは総合的な学習の時間に似ているー伊那中学校の学校改革】

 

伊那小学校は全国に紹介されるような、先進的に見える生活・総合学習を実践しているのですが、実はあまり中学校のことを聞くことはありません。伊那小学校を卒業した生徒たちは伊那中学校に進みます。一方で、私も聞いたことがあるのですが、伊那小学校ほど先進的(ユニーク)な授業ではなく、割と普通(!?)な学校であるとも言われています。保科先生は、武田先生が一昨年まで伊那中学校校長だったときに教頭として、一緒に学校改革をしました。実は、ある程度安定した学校経営がされている伊那小学校とは違い、中学校は大改革中。実際に話を伺うと、その内容の先進性には驚くばかり。ぜひご紹介したいと思います。

 

学校長の明確なビジョンとミッションは必須

 

学校改革のキーパーソンの第一は学校長。伊那中改革では学校長(武田先生)の明確なビジョンと、学校長からのミッションが設定されました。

 

学校Vision:先生が変わらなければ生徒は変わらない

「思考する生徒は思考する職員や学校の中で育つ」
「自律した生徒は自律的な職員や学校の風土で育つ」

 

学校 Mission :

1)「普通は」「今までは」を排除しよう

2)ものごとの原動力は「ワクワク」と「ウキウキ」そんな活動をしよう

3)だからとりあえずやってみよう やってみてだめなら検討しよう

4)人間完璧でなくていい、その人の得意なことでチャンスを与えよう

5)子どもは本来自由でありたい 生徒目線でしくみや学習を考えよう

 

先生たちの時間をつくれ!ー職員会議を徹底的に削減

 

先生方はものごとを新しくするときに「忙しい」という言葉をよく使います。また「いままでは」ともよく言います。だとしたら、いままであった「枠」を変えてしまえばいい。そこで、伊那中学校では、月の計画のなかにあるような学年会、教科会、研究会、〇〇係会というものを全部撤廃してしまったといいます。驚くことに、今ルーチンとしてあるのは、水曜日午後、15:20分から30分の「職員連絡会」だけだそうです。

 

職員会議あるあるですが、発信側は提案プリントに詳しく書いたところで、受信側は自分に関係なければ読まない。忙しいので、その活動の直前まで知ろうとしないし、直前になってその資料を探したところで埋もれて見つからない。結局長い会議の割にはその中身や意味がない。でも、これは実は「つまらない授業の構造と同じ」。

 

保科先生は、教師が生徒たちに対し、伝達型の授業を脱し、生徒が求める授業へと変えようとしているのであれば、私たちが何気なくやっている職員会議のやりかたを変えていくというのも一つの方法ではないかと考えたと仰ります。水曜の30分の職員連絡会だけだと聞くと「そんなこと可能なの!?」とつい思ってしまいますが、その時間の短さから発信側は「いかに情報を相手にわかるように伝えるか」、受信側は「いかに自ら求めて必要な情報を入手し、必要なときに使うか」を考えざるを得えず、実際にそれで問題はないし、むしろさまざまの良いことが起きてきたと言います。

 

会議を減らしたらー中学の教科横断グループ、伊那中寺子屋ができた!

 

会議の時間が上手に短縮されていくと、職員間の会話や研修が生まれてきます。即席の教科会、係会がはじまったり、英語と総合のコラボ企画の打ち合わせ、美術教師が社会科教師に授業の相談をするなど、教科を超えたやりとりが増えてきたと言います。つまり「決められた集団」から「自然発生的な集団」が多く見られるようになったそうです。

 

先生たちは職員室で会話をする時間が増え、「生徒の日常」や「生徒の声」について話し合う機会が増えたと言います。そして、こうした話から生まれた新しい企画の一つが始業前と放課後に使える教師が介入しないフリースペース「伊那中寺子屋」。昇降口が開かない朝7時から登校している生徒がいたことから、使われていなかった会議室を改装し、できたそうです。

 

また、中学校は同じ教科の結びつきは強いのですが、その枠を超えて語り合ったりということが少なく、教科担任同士が話をする機会がないため、グループ研という教科横断の組織を作りました。2月の下旬に公開授業に向けて、グループ研のメンバーが1年をかけてそれぞれの授業を見合ったり、同じクラスの各教科で見せる生徒の多様な姿を共有して子ども観や授業観を話し合っているそうです。

 

そのほかには、「なんのために宿題をやっているのか」「長期休業の宿題は誰のためにもならないのではないか」という対話から長期休業に課していた宿題(休み帳)を全廃して、自分が興味をもっていること、やろうとしていたことを「自己課題」として設定し、徹底的に追究する「マイチャレンジ」を選択できる長期休業にしました。

 

さらに、2年前のコロナ下の休校中は家に居づらい生徒もいるということで、良い方法を模索しました。子どもといると親がイライラしてしまうという話も聞くため、学校に来たい生徒は学校にきて、オンラインにしたい子はオンラインにしました。なかなか教室に入れない生徒や、怪我で3階までいけない子については、オンラインで学習保障する、ということもやっているそうです。

 

研修もよくある優れた先生がその実践を語る「スーパーエースが語る教育や実践論」ではなく、日々色々なことを悩みながら進めている先生や経験が少ない若手が実践していることや悩んでいることを学び合う形に変えていったといいます。音楽科の教師による「授業とテストの一体論」、育休で6年間現場を離れていた教師による英語学習論、体育の教師の陸上と数学の関連的授業、当年度の転入教諭が語るものがあったりと内容はさまざま。暖かい雰囲気が伝わってきます。

 

経験のなさが最大の武器ー若手職員の力を活用せよ!伊那中学校活性化チーム

 

もう一つの特徴は「伊那中学校活性化チーム」という若手によるアクション集団。得意を生かす学校長の考えで、若手職員がYouTubeの教材をつくったりしたことに刺激を受けた先輩職員が、自分の授業を録画してYouTubeにアップして共有したり、20年間トークアンドチョークを主としてきた教師がYouTuberとなって、土日の家庭学習のアドバイスを動画でできるようにしました。そのほかにも隣接する保育園のクリスマス会に出演したり、地域の自然を生かした遊び場を満喫して、その様子を編集してYouTubeで世界に発信しようとしたり、などというさまざまな企画が若手から生まれたといいます。「経験のなさこそが最大の武器」と若手を大事にすることで、良い循環が生まれているようです。

 

さらにいうと、伊那中学校の3番目のキーパーソンは「生徒」であり、大人が作った仕組みに「NO」を言える生徒を大事にしていて、大人(教師)が提供した活動にリクエストやアイディアを伝えることも奨励されているそうです。

 

【学校づくりは総合的な学習の時間に似ているー伊那中学校の学校改革】

 

さて、当日集まって下さったのは武田先生、校長先生2人、教頭先生2人と全員公立学校づくりに関わるマネジメントの先生方。保科先生の発表後、武田先生のファシリテーションによる対話となりましたが、おのずとその内容は学校経営に関することが多くなりました。

 

武田育夫先生(伊那小学校・中学校校長を経て信濃教育会会長)
馬淵勝己先生(元伊那小研究主任、現豊科東小校長)
佐々木英明先生(元伊那小研究主任、現麻績小校長)
保科潔先生(元伊那中教頭、現穂高東中教頭)
石山れいか先生(軽井沢東部小教頭)

 

保科先生:わたしは伊那中に2年間お世話になっただけなのですが、離れてみて改めて感じるのは、学校作りの営みは「総合的な学習の時間」の営みにとても似ているということ。伊那中の先生も総合的な学習の時間を一生懸命やるのですが、ものごとを生み出し作りあげていくというのは、学校づくりそのものであり、変化に強い柔軟性のある学校組織をつくることこそが学校の教育活動の向上に直結すると考えています。

 

伊那中学校は学校づくりの理念は共有されていますけれども、営まれる活動やその方法にスタンダードはありません。先生一人ひとりの自由、裁量性は保証されています。そのため教員間の差は生まれますが、活動を通して、自分流の「型」を見出すことがより一層求められます。その「型」は固定されているものではなく、柔軟性のあるものです。一方で中学校では、「優等生だった自分がかつて受けてきた形式から抜け出せない」「経験年数が増すほどに過去の成功体験から抜け出せない」「そもそもただの型無し」という危うさを常に孕んでいるので、やはり「省察」の繰り返しが「変化」「更新」していける学校や教師を生み出すし、それが「思考する生徒」「自律した生徒」を支えていくのではないかと感じています。

 

武田先生:伊那小で、さっき紹介したような経験をした子どもたちをいかに伸ばすか、ということが保科先生の話してくれたような伊那中の学校づくりだと思います。ところで、石山さん、今まで見て感じたことはありますか?

 

石山先生:私が武田先生と(藤原)さとさんと繋がっていただきたいな、と思ったのが、信州の教育が大切にしてきたことが全国のみなさんに受け取ってもらえたらいいな、というのがそもそもだったんです。なんでそう思ったかと言うと、総合を実践してこられた先生の背中を見てわたしもその先生たるオーラを感じて、受け取って、自分もそうでありたいと思って繋がってきたというところがあったからです。言葉で何がいいとは言い切れないけど、実践者の先生たちから受け取るものがあったのです。今の話をきいていて、本当に言葉に表せないものをひしひしと感じていて、参加者のみなさんがどんなことを受け取られたのかなと思っていました。


(石山れいか先生)

 

武田先生: 伊那中学校の校長をやっていて一番大事だったのはなにか、というと先生たちがこれをやりたいと言うことにできるだけノーを出さないということですね。本当にある日突然とんでもないことを言ってくるんですよね。たとえば、ある日突然伊那出身の俳優で羽場裕一さんと言う人がいるんですが、いきなり「羽場さんが学校にきます」と。いや、全然聞いてないし! でもその先生は演劇を中核活動にしていて。ある日突然どっかにいく、とかいうときに、校長の立場で、「事前に連絡しないと」「何かが起きたらどうするんだ」などと言っていると、やはり活動にならないということをすごく思いましたけれども、どうですか?

 

石山先生:保科先生がおっしゃっていた「学校づくり=総合」というのはすごくわかります。実際そう思って(教頭として4月からの)この1ヶ月過ごしてきて、正解があるわけではないけれども、でもそこに向かってつくっていくということが学校づくりでもあるし、今軽井沢町が合同で風越学園も含めてみんなで町をつくっていこうとしているんですけど、そことも繋がっていて、大きなミッションをもらっている気がします。

 

武田先生:学校づくり、学校のマネジメントは、学校の目指す姿があって、先生たちはその歯車ではない、と思うんですよね。一人ひとりの先生は部品ではなくて、一人ひとりが自律した子どもたちの前に立つのだから、そのためには先生たちがある意味自由に、ある意味のびのびと、ある意味思い切って、ある意味自主的にやっていくということが大事だし、そうでなければ子どもたちが主体的にならないのではないかと思っているんだけど。今校長をされている馬淵さんはどうですか?

 

馬淵先生:さっきの話題のなかで、優れた教員というとかそういうものではなくて、それぞれの持ち味を生かせたらいいな、という話をしたのですが、そのことを自分が学んだのが武田校長先生からだったんです。武田先生に呼び出されて話をするんですけど、難しい話とかとんでもない話とか色々くるんですが、嫌な気持ちがしたことが一回もないんです。さっきも、僕の名前、勝己って言うんですが、巳という蛇の漢字になっていて、マングースなんでやめてくれって言ったんですけど、「そんなのお前の名前を変えればいいだろう」って言われて(笑)。そんなことを言う人なのですが、職員室にいたりすると、どの先生も決して悪者にせず、その先生のことを楽しんでいらっしゃる。で、その先生がどうやったら生かされるかということを考えていらっしゃる、というのが武田先生から学んだことです。

 

さっきの牛の話でも洗浄にお湯が必要で、学校の広場に湯沸かし器を設置したいと相談に行ったら、普通の校長は断ると思うんですが、「あ、いいんじゃない?」「じゃ、おれが勝手に触らないように看板書いてやるか」って看板をつくってくださったんです。やっぱり校長先生に信頼されて、責任あることを任されていると感じていました。・・・ちょっと褒めすぎましたね(笑)。


(この話をしているときの馬淵勝己先生の顔です)

 

武田先生:ではちょっと総合の話に戻します。佐々木先生に聞きたいのですが、やっぱり中学をやってきた人が伊那小みたいなところに行ったときに、「学力」とは何って考えなかった?

 

佐々木先生:そうですね。どうしても中学校でやっていると、出口としての高校受験を考えた上で高校入試で他校に負けない点数としての力を発揮させなければならないと考えがちです。総合学習の学びが果たしてそれがどんな力になっていくかということは、なかなか自分でも分からない。でも子どもと本当に身近なところから、教科の学習を進めていくおもしろさのようなものは子どもたちと共有できたかな、と思います。実は、本当に力がついた云々という力と(受験の力はそもそも)捉え方が違うな、と思います。私としてはその発想を大きく転換する経験を伊那小で頂けて逆によかったな、と思っています。


(佐々木英明先生)

 

武田先生:佐々木先生自体が変わったということですよね。

 

佐々木先生:そうです。

 

武田先生:さっき、せいちゃん・チャボの小屋にも出てきたけれども、小学校1年生の子達がノコギリひいたり、金槌叩いたりしますが、不思議とほとんど怪我しないんですよね。もちろん道具の使い方もあるけれども、段取りを組んだり、さまざまな能力が身につきます。でもそれはテストでは測れない。でも、それが中学で表れることはなかったですか?


(武田育夫先生)

 

保科先生:3年生が卒業の2学期になって、3年間の総合的な学習の時間の総決算をしたいとあるクラスが言い始めました。3年4組のその子たちは、3年5組までの5クラスそれぞれの総合の活動を知っていたので、私たちが全校総合の発表会の企画プロデュースをするので、ぜひそういった1日をください、と言ってきたんです。その時に外部の企業と連絡したり、資金調達をしたり、食べ物を提供するクラスがあったので保健所に問い合わせたり、そうした段取りだとか外部との交渉だとか、根回しだとか、そんなことがありました。


(保科潔先生)

 

武田先生:根回しっていい言葉だね。世の中に出てからとても大事な力なんだけど、ほとんど内申書では評価されませんね。その辺、石山さんどうでしょう?

 

石山先生:こういう「ついていく力」って言葉にしていかなければならないのが‥‥‥、いや言葉にしなければならない部分もあるのだけれども、言葉にしてしまうのがもったいないな、と思います。実際に一般でいう「学力」というものは、本当は十分についていると思うんです。自分自身の総合の経験から言っても、体験のなかで子どもたちがつけている学力というものは本当に大きく、ペーパーの学力にも確実に反映されています。ただ、そういうものだけで語ってしまうには惜しいくらいな、というものがあって、それはなかなか言葉には表せないし、難しいし、だからこそ私は、「すがたを見る」ということが大事だと思っています。

 

武田先生:言葉にもできないし、データにもできないんだよね。実は私が前半の部分でお話しした『はるみちゃんとローラ』の牛を飼っていた子どもたちを一教諭として伊那中で理科の担任していたときに見ているんです。その時に学級によって活動の深度は違うんですが、あの子たちは中学3年生の2学期、つまりこれから進路、というときにすごく踏ん張れる子どもたちだった、という感触があるんですよ。だから私が伊那中学校にいるときに、「この子達は力があるんだな」という感触をずっと持っていて。だから伊那中に校長として戻った時にそのことを大事にしたいと思いましたね。

 

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今回は、伊那中学校の学校経営、学校改革についてお話し頂いた内容をご紹介しました。ボトムアップで改革がなされながらも、トップの役割が明確にあり、良い意味での分担がされている。私はビジネスの世界にもいましたが、お金が稼げるかというわかりやすい指標のない学校経営は本当に難しいものだと感じています。そうしたなかで「評価とは?」「学力とは?」と悩みながらも、着実に改革の成果をあげていくそのプロセスから私たちは学べることが多いと思うのです。

 

最後、LCLメンバーによる質問に4人の先生たちが答えていく質疑応答です。「通知表がないって、どんなふうにしているの?」「伊那小のやり方になじまない先生はいないんですか?」というような非常に素朴な質問が出ていますので、ぜひご覧ください!

 

 

<関連ブログ>

生活科・総合的な学習 (その1:伊那小学校の源流)〜私たちの教育のルーツをたどる(17)

生活科・総合的な学習 (その2:伊那小学校の実践)〜私たちの教育のルーツをたどる(18)

生活科・総合的な学習 (その3:伊那小・中の学校経営)〜私たちの教育のルーツをたどる(19)

生活科・総合的な学習 (その4:伊那小・中質疑応答)〜私たちの教育のルーツをたどる(20)

「60年間通知表のない」伊那小学校訪問(後半)〜わたしたちの教育のルーツを辿る(5)

「60年以上通知表のない」伊那小学校訪問(前半)〜わたしたちの教育のルーツを辿る(4)

 

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