home > Blog > 藤原 さと > 日本人の「個」と教育について考える(1)~仏教の「個」と教育

 

藤原さとです。

昨年3年住んだアメリカを離れ、日本に帰国しました。

アメリカにいたときは、まず見たもの感じたものを忘れないうちに、という想いで現地の事情を書き留めていましたが、一方で、昨年夏に日本に帰ってみてから、特定の海外の実践の取り上げられ方や受け取られ方が気になるようになりました。海外事例や理論を活用する時に一番大事なことは、「全面的に使う」のでもなく「完全に拒否する」のではなく、自分の軸や根っこを意識しながら、あくまで状況に応じ、補助線として柔軟に取り入れていくことだと思っています。

だからといって、自分の文化的背景についてしっかり言語化していたわけでもないため、このタイミングで一度改めて考え、その内容をまとめていきたいと思います。

その一環として、これからしばらくメモのようなものですが「日本人とはなにか?」ということを探りつつ、特に日本と欧米で圧倒的に違うと感じている「個」のとらえ方についても並行して考えていきたいと思います。

なお、私の考察はけっして専門家のものではありません。不正確な部分があれば、こたえのない学校のほうに、いつでもご連絡をいただけると嬉しいです。ぜひ批判的に読んでいただき、一緒に考えたり対話してくださると嬉しいです。

ということで、まず、テーマとしては仏教と「個」について考えてみたいと思います。少し長いので4回に分けました。(仏教の次は儒教、日本文化に進む予定です。)

 

 

<個性の人、日蓮>

さて、仏教といってもどこからスタートするか迷いましたが、私が本を読み進めたままに書いていこうと思います。そして、はじめにフォーカスをあてるのは、あの日蓮です。いろいろな思いをもつ人が多い宗教家だけにドキドキです。

日蓮は、内村鑑三「代表的日本人」の5人の代表の中の一人に選ばれています。それがはじめに取り上げた理由なのですが、調べれば調べるほど、日蓮というひとは個性的で面白い人だと思うようになっていきました。

今日、日蓮の教えは、日蓮宗、日蓮正宗、日蓮本宗等などに分かれています。また、ご存知の方も多いかもしれませんが、今の創価学会は、日蓮正宗の信徒であった牧口常三郎氏が中心となって、教育者信徒が集まり、昭和5年に「創価教育学会」として創立されました。(現在は、日蓮正宗とは関係がなくなっているようです)

更に日蓮の考え方が戦争を後押ししたという人もいます。軍国主義の日本は一義的には、国家神道でしたが、満州事変を計画・立案・実行した関東軍石原莞爾中佐は、熱心な日蓮主義者であり、軍の上層部には「日蓮神秘主義者」とでもいうべきカルトな日蓮崇拝者が多数いたと言われています※。

なので、日蓮というと、いろいろな思いを持つ人がいるようです。「代表的日本人」の一人といいつつも、私自身、「(一般的)日本人」のイメージと日蓮のイメージはちょっと離れるところもあります。

日蓮自身もかなり風変りでエキセントリックな人だったようです。当時、深刻な信念対立と腐敗を起こしていた仏教界を変えようという気持ちは誠実なものでしたが、既存の宗派を真っ向から否定し、自分の説く道だけが、正しいような言いぶりをしていたようです。「浄土は地獄におちる道、禅は天魔の輩、真言は亡国の邪宗、律は国賊」と当時日蓮は言ったとか!また「立正安国論」のようにそのころの国土の災難の原因を、当時の教えのせいだするようなものも書いており、当時の日蓮に対する迫害行為は相当なものだったようです。私も同時代に生きていたら、拒否反応を起こしていたかもしれません。

 

<信念の人、日蓮>

しかし、当時、乱立する仏教各宗派の信念対立と、腐敗に心を痛め、比叡山で出会った「法華経」に仏の教えの本質を見抜き、流罪・斬首刑の危機を含む数々の弾圧にも負けずに前に進んだ日蓮。空海や最澄など、時の政権から手厚い庇護をうけるのではなく、むしろ北条時宗の申し出も断り、一匹狼のようにして、苦しむ民衆の救済をどこまでも目指しました。狂人とも思えるその態度や生き様が人々を感動させたことに加え、日蓮の教えが、その後に大きな広がりを見せ、今も生きているのはその教えにどこか本質的な部分があり、人の心を震えさせるからなのでしょう。

 

こうした日蓮を内村鑑三は下記のように語っています。

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敵にとって、日蓮は、冒涜者、偽善者、私腹を肥やすもの、山師などでした。(中略)日本では日蓮のように非難中傷を山ほど浴びせられた人はいません。(中略)しかし、私は、たとえただ一人であろうとも、この人物のために、必要なら私の名誉をかけてもよい覚悟であります。日蓮の教えの多くは、今日の批評によく耐えるものではないことを認めます。日蓮の論法は粗雑であり、語調全体も異様です。日蓮はたしかに、一方にのみかたよって突出したバランスを欠く人物でした。だが、もし日蓮からその誤った知識、生来の気質、時代と環境とがもたらした多くのものを取り去ったとしましょう。そこに残るのは、しんそこ誠実な人間、もっとも正直な人間、日本人の中でこのうえなく勇敢な人間であります。偽善者なら、25年以上も偽善を続けることはできません。また、そんな偽善者のために生命を投げ出す何千人もの信徒を持つことはできません。(中略)私ども日本人の中で、日蓮ほどの独立人を考えることはできません。実に日蓮がその創造性と独立心とによって、仏教を日本の宗教にしたのであります。(中略)戦闘好きを除いた日蓮、これが私どもの理想とする宗教学者です。

********

 

<日蓮と代表的日本人>

あらためて。「代表的日本人」で日蓮を世界に紹介した内村鑑三は、キリスト教思想家であり伝道者でした。この本は、日清戦争の始まった1894年に日本の文化・思想を西欧社会に伝える目的で英語で書かれ、ほぼ同時期に岡倉天心「茶の本(1906年)」,新渡戸稲造「武士道」(1899)が書かれており、三大日本人論の一冊とされています。

ここで私が非常に面白いと思ったのは、キリスト教信者である内村鑑三が、キリスト教を基軸とした西洋文明に負けない精神性が日蓮の教えにあったと熱意をもって説いているところです。

当時も異端として扱われ、迫害を受けた日蓮。また、本人の教えからはかけ離れていたはずと思われるものの、戦前から現在に至るまで場面場面ではマイナスの結果をもたらした日蓮。強烈な個性の持ち主であり、迫害を受けながら前に進む姿は、確かにキリスト(教)と少し似ているところもあり、欧米の人には理解しやすかったのではないかと思います。※※

さて、日蓮を通してみた、「個」とはなんなのでしょう? 次回は日蓮が拠り所とした「法華経」について書き留めておきたいと思います。

今日はこの辺で。

 

※「戦前期日本の日蓮仏教にみる戦争観」を書いている南山大学の大谷先生も、日蓮主義運動を、第二次世界大戦前の日本において「『法華経』にもとづく仏教的な政教一致による日本統合と世界統一の実現による理想世界の達成をめざして、社会的・政治的な志向性をもって展開された仏教系宗教運動」と定義しています。

※※「代表的日本人」には日蓮のほかにも、西郷どん!こと西郷隆盛も挙げられています。どこか何かにのめり込んで身を捨てて常人ではなしえないようなことをする人への内村鑑三の嗜好性のようなものも感じますが、これは個人的感想です。

 

<関連ブログ>

1)仏教の「個」と教育

http://kotaenonai.org/blog/satolog/2775/

2)「法華経」と「個」

http://kotaenonai.org/blog/satolog/2780/

3)仏教と信念対立 仏教の上陸から鎌倉時代まで

http://kotaenonai.org/blog/satolog/2787/

4)般若心経と「個」

http://kotaenonai.org/blog/satolog/2795/

5)キリスト教と仏教と「個」

http://kotaenonai.org/blog/satolog/2798/

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